年賀状一枚(その弐)『感謝のカタチ』

突然の番組終了を告げられた日のオンエアが終わった瞬間、私は直ぐにメールを打ち出した。

番組が突然終わる事の衝撃。
ヒラメキラジオにメールを投稿するようになって、文章を書く楽しさを思い出させてもらえた事。

いつもなら推敲に推敲を重ねて練る文章も、伝えたかった事をそのままぶつけるように打った。
打ちながら涙が止まらなかった。
ベッドの周りは丸めたティッシュで一杯になった。
送信をクリックした途端、嗚咽が止まらなくて、自分がどんなにヒラメキラジオに依存していたのか思い知って少し怖かった。

翌朝腫れ上がった顔を冷水で洗いながら、どうやって感謝の気持ちを伝えるか、もう考え出していた。

ヒラメキラジオを聴き始めてからの約三ヶ月。
私の毎日は明らかに変わった。
ちょっと腹立つ事があっても、これってネタになると思えた。
しんどいしんどいとしか思えなかった農作業も、ラジオを聴くのを楽しみにしているというブドウ農家さんや職人さんからの投稿に、私も文句ばっかり言ってないで頑張ろうと励まされた。
ぬるま湯と不満の毎日に、カラフルな色が付いた。

アインシュタインの二人にアシスタントのナカジ。
番組を支えてくれたスタッフさん。
お花を贈る?
プレゼントを贈る?
迷っているようで、実は心は決まっていた。
「みんなに私の作ったお米を食べてもらいたい。」

オンエア最後の週はきっとリシュナーさんから色んなプレゼントが送られて来る。
アインシュタインは漫才劇場に送るとして、ナカジもスタッフさんもきっと電車通勤。
一杯の荷物を持って電車に乗るのはしんどい。
お米は重いし、前の週に送ろう。そう決めた。

この時期、私の新米を楽しみにしていてくれる顧客への発送に追われていて、バタバタしながら準備した。
でも準備してる間も楽しかった。
アニキと稲ちゃんは、劇場から自宅まで自転車やから、ハンドルに引っ掛けられるように持ち手の長い袋が要るかな。
ナカジは重ければ2回に分けて持って帰れるように、二つに分けておこう。
100円ショップにお米を入れる袋を買いに行く。
いざお米入れようとすると、入らなかった。
ありゃ?
また買いに走る。
そんなこんなも込みで楽しかった。
便箋も買わなくちゃ。
劇場に行く前になんばのロフトに寄った。
超絶方向音痴の私は、ロフトの売り場に辿り着くのに、散々ウロウロした。
で、ロフトにたいした便箋は売ってなかった。
と言うか、私の働くお店でも置いてる物ばかりだった。
「これなら私のお店で買うたらええやん。社割で買えんねんから。」
無駄足だった。
それでも楽しかった。
スタッフさんに送るのは、結局最終回の週にズレ込んだけど、みんなそれぞれに手紙書いて梱包して。
小分けにして段ボールに詰めた後、
「どうかみんなにおいしくて食べてもらってな。」
そう声を掛けて撫でてガムテープを貼った。
どの顧客に送る時よりも、ワクワクした。

番組へのメールでも、アニキと稲ちゃん、ナカジにお米を贈ったと書いた。
ドキドキの最終回前週のオンエアが始まった。

冒頭でナカジが自分にお米が送られて来たと話した。
ナカジ「あたしにリシュナーさんからお米が送られて来て~。お二人にでなくあたしにですよぉ~。もうびっくりして~。」
アニキ「ホンマや。米って書いてるやん。あんまりお腹すいたお腹すいた言うてるから、心配してくはったんやて。」
………略(忘れた)…………
アニキ「でもお米って嬉しいよな。」
稲ちゃん「うん、嬉しい。」

…………?…………?…………?

あ、ナカジお米の事喋ってくれた!
うん?あれ?なんで?
私はアインシュタインにも漫才劇場に贈ったとメールに書いたよな??
二人に贈った事はなんでスルーされてるの?
え?どういう事?
メールには全部目を通してるって言ってたけど、やっぱりメールは読んでもらえてないって事???

訳が分からなくなった。

お米を贈ってからずっと、勝手にどんなリアクションしてもらえるのか妄想してた。
ナカジがお米の事に触れてくれて嬉しいと思ったのは一瞬だった。
どういう事?どういう事?
期待が大きかった分落胆が大きくなった。
頭の中のシーソーバランスは、
喜び<<<落胆 に変わった。

その日のオンエアが終わってからずっと頭の中は
「なんで?どういう事やってんろ?」で占められた。
そして迎えた最終回。
放送ブースには、全国のリシュナーさんから送られて来たプレゼントで溢れかえっていた。
後で番組のホームページを見たら、私がスタッフさんに贈ったお米もちゃんと並べてあった。
「ああ良かった。ちゃんと届いてる。」
一週間の間に情緒不安定になってた私は、無事に届くという当たり前の事でさえ、疑心暗鬼になってしまっていた。

「どうやってんろ?」
喜んでもらえるはずと信じ切ってた気持ちが、梯子を外されたみたいに宙ぶらりんに揺れ出した。

こうなると、私のいけない癖が顔を出す。
悪い方悪い方にしか考えられない。

番組のリスナーとは言え、一度も会った事もないファンからいきなり送られて来たお米。
もしかして気持ち悪いとか思われてしまったのか?
忙しい二人だ。
自炊する機会なんてそんなにないはず。
余りたくさん贈ったら、かえって迷惑になる。
そう考えてこれぐらいなら邪魔にならないかと導き出した4キロのお米。
朝食は食べないと言ってたアニキ。
一度も自炊の話を聞いた事ない稲ちゃん。
そもそもお米というチョイスが失敗だったのか。

考え出すと止まらない。
お風呂の中、運転中。
一人になると、ずっとその事ばかり考えるようになってしまった。

あんなに贈る前は楽しかったのに。
なんでお米なんか贈ってしまったんやろ…。
泣いてばかりいた。

私はアインシュタインの言葉が聞きたかった。

「俺らにも送ってくれはってん。ありがとうございます。」
妄想の中で繰り返した言葉は、ついぞ聞く事は叶わなかった。

この頃に番組に送ったメールを読み返す。
完全に情緒不安定だった。
仕事中にもふとした拍子に、「なんでお米なんか贈ってしまったんやろ…。」のフレーズが浮かんで、ポロポロ涙がこぼれて困った。

冷静になろう。
何万何十万というファンを持つ二人。
一人一人の期待通りの対応をするなんて、不可能に決まってる。
そうこれは特別な事じゃない。

一生懸命仕事した。
一生懸命気持ち立て直した。
一生懸命笑うようにした。

ちょっとずつちょっとずつ
「なんでお米なんか贈ってしまったんやろ…。」が薄れていった。