年賀状一枚(その参) 『祈りの果て』

ようやく頑張らなくても笑えるようになった。

漫才師にとって一番熱くてピリピリする季節がやって来ていた。
M-1の予選の始まり。

漫才師でも何でもない私。
劇場に通うようになって、自分がこの目で見た芸人さんみんなに頑張って欲しいと本気で思っていた。
M-1は年に一度のテレビで見るお楽しみではなくなっていた。
身内をハラハラドキドキして応援してるみたいな感覚だった。

実際に予選会場にも足を運んだ。
と言っても、アインシュタインは出ていない祇園花月の3回戦。
よしもと以外の全く知らない芸人さんを沢山見た。
何度か「所詮3回戦レベル。見に来んかったら良かった。」と後悔した。
元々何故か祇園花月は重たい。
建物の古さも相まって、劇場の玄関入った瞬間から、湿度の高い空気にまとわれてしまうみたいな感覚になる。
そのハンデの中で、ド真剣勝負に挑んでいる芸人さんに対して、これ程失礼な感想はない。
でも紛れもない正直な感想だった。
逆を返せば、普段足を運んで観て来たよしもとの芸人さんの漫才が、どれほどレベルが高かったのか、よく分かった。

笑いの聖地、NGK
若くて今一番勢いのある芸人さん達のホームグラウンドの漫才劇場。

日本で一番笑いに貪欲な大阪という街で。
笑いを取れる奴が一番格好いいと素人が認識しているその街で。
あそこに行けば、テレビでしか見た事なかったお笑いが観れると、期待に胸膨らませて全国から観光客が押し寄せる笑いの巡礼地、大阪で。
「笑いたい!笑わせて!どんな面白い事見せてくれるの?」
笑う準備は出来ている。
後はそっち次第。
口を開けて待ってるお客さん。
薄ーくスベっては凹んだり、ドカンと弾けて「ヨッシャ!」とガッツポーズしたり。
その闘いを一日何ステージもこなしているのだ。
闘っているステージが違う感じだった。

でも直接その闘いを観た事で、今までと感じ方が変わった。
「これは決勝まで勝ち進むって大変な事やわ。」
日劇場に学園祭にテレビ収録。
いつネタを仕上げて行くんだろ?

私はお米を贈ってあんなに辛い想いをしたのに、性懲りもなくアインシュタインの為に何かしたかった。

毎日家から見える太郎坊宮。
地元では有名な勝ち運の神様。
神頼みってのはどうなんだろう?
かえって失礼に当たるものなんだろうか?
でも、自分に出来る事ってこれくらいしかないしな。

700段以上の階段と、巨石の夫婦岩が有名なパワースポットとしても徐々に知名度を上げている太郎坊宮。
晦日は階段を登る人の行列が出来ると言う。

前に一番下から登ったのは私がいくつの時だったのか、はっきり覚えていなかった。
確か三十代。
車で参集殿までは行ける。
でもそれじゃあ御利益が無い気がした。
一番下から登る事に決めた。

こんなに階段長かったけ?
まだあるやん…。
汗だくだった。
写真撮影を頼んで来た家族連れが、汗まみれの私を見て
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」と気遣う程だった。
やっと参集殿の広場まで着いた。
一望出来る八日市の街並み。
昔はよくここまで車で来ていた。
他人を責める自分を責めて、そんな自分を嫌いになって。
もがいて、もがいて。
「下向いたらアカン、下向いたらアカン。」
呪文の様に心の中で繰り返す様になると、救いを求めてこの景色を見に来ていた。
皆頑張ってる。
私一人がしんどい訳じゃない。
少しすーっとして一日が始められた。

前は自分が救われたくて登った場所に、他人の事を祈る為に登っている。
私は少しは成長しているのだろうか。

ただ自分の足で登っただけで、果たしてどれだけの御利益があるのか?
正直心もとなかったけれど、本殿でお詣りした後、御守りを買った。
楽天則本昂大投手や、吉田沙保里選手も持っているという御守り。
なんか一気に御利益度が増した気がした。
御守りも値段はピンキリ。
勿論高い方がいいに決まってる。
でもきっとファンから御守りなんて一杯送られて来るだろう。
なんかしょっちゅう神社に行ってるアニキ。
妙に昭和なのだ、あの人は。
稲ちゃんは人から貰った物を簡単には捨てられないとこあるしな。
どれがいいのか、迷いに迷って、正解が分からなくなった果てに、あんまり御守りっぽくないのを選んだ。
なんか、自分の中では凄く満足して、ヘロヘロになりながら降りて来た。

なんて書いて贈ろうか…。
まだ考え中に、〝もっともっとマンゲキ アインシュタインの日〟を観に行く日がやって来た。
向かう電車の中、M-1準々決勝の結果をチェック。

あれ? え? 嘘?

準決勝進出者のリストにアインシュタインの名前がなかった。

え………。どうしよう。
想定外の事になんか無茶苦茶動揺した。
この結果は勿論本人達も知っているはず。
それなのに、これから劇場に向かう。
どういう気持ちで観ればいいんやろ?
動揺していて、行きの電車の中では気付いていなかった。
御守りが無意味になってしまった事に。

漫才劇場のロビー。
なんとなく開演を待つお客さんも元気ない様な気がした。
それでもMCとして出て来た二人は笑顔だった。

当たり前なんだけど。
イヤ、当たり前ではないのか?
でも、お笑いのプロなんだからやっぱり当たり前なんだ。
例えどんなに悔しくても。
目の前にお客さんが居るのだから。

いつもと同じ気持ちで笑う様に頑張ったのは最初だけ。
後は普通に笑えた。
ホッとした。

帰りの電車。
ブログを書き始めて「あっ。」と気付いた。
御守り、贈りそびれた。
どのタイミングで贈る?
今贈ったら、嫌味にしかならへんやん。
なんかいつも詰めの甘い私。

散々考えて考えて、負担にならないように選んだたった千円の御守りは、
出番を失った。