紗倉まなという小説家。

紗倉まな著 『春、死なん』読了。

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本当はもっと前に購入していた。
まなちゃんの誕生日に感想が贈れる様に計算して、事前に購入していたのだ。

ただなんか読み終えた時、猛烈に落ち込みそうな予感がして、表紙を開いて読み進める勇気が出なかった。

ずっと昔から、作家として名を馳せている小説家の書く小説だったら、こんな恐れは抱かなかったと思う。

あたしが初めてまなちゃんの存在を知ったのは、ラジオ番組TENGA茶屋のアシスタントとして。

と言っても、リアルタイムで聴いていた訳では無い。
ポッドキャストで過去の放送を聴いたのだ。

まなちゃん最初の登場回。

聞こえてくるアニメの声優の様な、ロリっぽい可愛い声。

でも、パーソナリティのケンコバさんとのやり取りは軽妙で、セクハラめいたケンコバさんのノリにも動じずに、むしろよりアダルトに上乗りして返す言葉の数々に、「誰?この子?」と、思わずあたしはラジオに向かって発していた。

あたしがファンになる前のアインシュタインを知りたくて、聴き始めたTENGA茶屋なのに、アインシュタインが霞む程の達者振りを見せる紗倉まな

最初の登場回を聴き終えて直ぐ、紗倉まなで検索した。

スマホに現れた画像の紗倉まなは、ラジオから聞こえて来るロリっぽい可愛い声は、こういう可愛い顔から発せられて欲しいという、あたしの理想の数段上を行く可愛いさだった。

でも、綿菓子みたいな可愛い顔と声の持ち主の紗倉まなは、時々ひっくり返る様な大胆な発言をする。

ブースで自分の出番が来るまで待機してる時、地響きの様な野太い声で笑う。

その笑い声の主も紗倉まなだと合致するのに、しばらく時間がかかった。

そう。
あたしが知った時のまなちゃんは、喋りも達者な頭の回転の速いAV女優だった。

ポッドキャストを聴き進めてしばらくして、そのまなちゃんが小説を出版した。

一昔前、ケータイ小説と呼ばれるジャンルが現れる。

10代向けの漫画を題材にした様な、どこまでも分かり易くて展開のやたら速いケータイ小説

そういう物を想像していた。

そんな安直な想像をスパッと裏切るしっかりした小説だった。

驚いた。
でも、一番驚いたのは、後書きに書かれていた、「明確な本との出会いが18歳だった。」という事実。

それから5年しか経ってないのに、23歳の紗倉まながこの小説を書いたという事実。

「真理ちゃんは文章書くのが上手いなぁ。」
小学生の頃からそう言われて来たあたしは、ちょっと自分の書く文章に自信を持っていた。

何を書き残した訳でも、何を形にして来た訳でも無いのに。

紗倉まなの処女作、『最低。』を読み終えた時、原稿用紙でほっぺたを叩かれた様な気持ちになった。

本当に才能があると言うのは、こういう人の為に使う言葉だと思った。

あたしの半分しか生きてない紗倉まながこれを書いたという事実。

あの時味わった、戦う相手の居ない敗北感。
それよりもっと濃い敗北感をきっと味わってしまう。

そう思うと、なかなか頁をめくる事が出来なかった。

読了後、敗北感は確かにやって来た。

でも、あたしの中で存在を主張したのは、敗北感よりも驚嘆する気持ちだった。

処女作『最低。』では、紗倉まなの文体の特徴、自分が描く主人公に入れ込み過ぎない距離感で、客観的に主人公を見つめ、少し離れて見ているからこそ、バランス良く全体が見え細やかな描写が出来ていると思った。

一方で、もう少し踏み込んで描いて欲しいという若干の物足りなさを感じたのも事実。

今作『春、死なん』では、相変わらず冷静な距離感を保ちつつ、処女作に比べグンと増した表現力で緻密に丁寧に、主人公の70歳の富雄の心情を綴る。

処女作では所々に散見する、難しい表現を使いたかったのかなと思う、文章の中に凸凹があったのが、全体の語彙力描写力が格段に上がって、読んでいて突っかえる様な箇所は無かった。

本と言うのは頭の中で場面を想像しながら読み進めて行く物だけれど、景色をリアルさを持って目の前にハッキリ思い描ける様なシーンが、一つまた一つと積み重なって、読み終えた時にはしっかりとした富雄の重力を感じる事が出来た。

特に印象に残っているのは、富雄が身体を重ねた相手、文江が語る水の中で亡くなった親戚の遺体を引き上げるのを目撃した祖母の話のくだり。

〝膨れた体や変色した姿以上に何が一番むごかったかって、小さくて黒っぽい殻の貝が、びっしりと、人間の体にくっついていたこと〟

その遺体の姿を想像してしまい、ゾワッと身の毛がよだって、一度本を閉じた。

文江の祖母ではないけれど、シジミの味噌汁を飲めなくなりそうで怖い。

今回、文芸誌「群像」の公式アカウントが募集していた、『春、死なん』のレビューに応募しようと思って読み進めた。

限られた文字数の中で、あたしが精一杯考えて書いたレビューがこれだ。

@gunzo_henshubu 「年を取るって事は、年齢しか聞かれなくなるという事よ。」こう言った人が居る。老人の二文字で片付けられる事への諦めと苛立ち。それを27歳の紗倉まなが、丁寧に掬い取る。『AV女優が書いた小説』良くも悪くも使われて来たこの枕詞は、本書で完璧に必要無くなった。
#春死なん

一夜明けて読み返す。

『春、死なん』の内容についてレビューを書かなくてはならないのに、まなちゃんにフォーカスが当たってる。

しかも、〝27歳の紗倉まなが、丁寧に掬い取る〟と書いたが、この小説を執筆していた時、まなちゃんは25歳。

正確性にも欠ける。

書き直せるものなら、書き直して再投稿したい気持ちになる。

幾ら、ブログで長文をつらつら書き続けたところで、自分の気持ちの赴くまま、書いているだけ。

所詮、この程度なのだ。
あたしは。

小説家紗倉まなは、あたしに何度も敗北感を植え付ける。


まなちゃん。

一週間遅れやけど、誕生日おめでとう。

綺麗なお花もセンス溢れるプレゼントも選べないけど、このレビューが少しでもお祝いになると良いのだけれど。

結構な行数を費やしたのに、今はそれさえも自信が無い。(T_T)

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まなちゃんの誕生日をお祝いしてくれたファンのみんなへの愛溢れる感謝のコメント。 

ファンの人達は物凄く嬉しいと思う。


あたしもアインシュタインじゃなくて、最初からまなちゃんのファンになっとけば良かったかな。