TOKYOの雨 ~手紙編~ 《脳内アニキVol.5》

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TOKYOの雨 ~運転手編~《Vol.4》

つづき


事務所から紙袋一杯のプレゼントの山を、部屋に持って帰って来たアニキ。

その中の小さな包みに見覚えのある名前を見つけた。

少し小さめの几帳面な字で書かれていた名前。

「あ、あの子や。」

急いで開けてみる。

小振りの包みの上に手紙が2通。

紫陽花の模様の分厚い分厚い封筒に書かれていた「佐伯この実」の名前。


河井さん。こんにちは。

以前雨の中をタクシーで送って頂いた佐伯この実です。

あの時は本当にありがとうございました。

ずっと御礼を言いたかったのですが、どうすればいいのか分からなくて、今になってしまいました。

私、河井さんに一つご報告があります。

あの後、バイトの面接は後日ちゃんとしてもらえて、無事採用してもらえました。(パチパチパチ)

でも私、バイトに遅れた理由が、河井さんにぶつかられて洋服が汚れたからだと嘘をついているのが、どうしても引っ掛かって、面接で本当の事をお話ししたんです。

雨の中、お婆さんが紙袋が破れて困っていた事。
私がお婆さんに手を貸して、無事バスに乗ってもらえた事。
それを見ていた河井さんにアパートの近くまで、タクシーで送って貰った事。

面接担当の方が、ものすごく興味深く聞いて下さって、逆にそれで印象が良くなって採用が決まった感じです。

私、ある百貨店の代表電話取次や館内放送(アナウンス)のバイト、決まりました!

声優になる夢と、現実の厳しさのギャップにへこたれ気味で、無理かなと思いかけてたんです。

でも、まだ何もしてないのに諦めるのはやっぱり悔しくて、せめて声に関係するバイトにつきたくて、ずっと求人情報チェックして、やっと見つけたバイトだったんです。

お婆さんを助けた時は無我夢中で、バスに間に合った時は良かったぁと思えたし、それで良かったんですけど、面接をドタキャンする事になってしまって、やっぱり諦めろって事なんかな…と一瞬思いました。

でも、河井さんのおかげで無事採用してもらえました。

本当にありがとうございます。

今はまだトレーニング中で、問い合わせの電話が掛かって来た時にすぐ案内出来るよう、百貨店のお店の事を覚えたり、基本的なアナウンスの練習をしたりしています。

土日の休みがなくなってしまいましたが、ものすごく充実しています。

そして、もう一つご報告があります!

あの雨の日から一週間後、駅であのお婆さんに出会えたんです。

お婆さんは春子さんと言います。

春子さんは、長野の娘さんのおうちで、私に助けてもらった事をご家族に話したそうです。

そしたら、娘さん達がすごく感動して下さって、どうにか私に御礼が言えるといいのにねと皆で話したんだそうです。

春子さんもずっと私にもう一度会いたいと思って下さって、長野から帰って来てから、毎日あの駅に通って下さったんです。

私がコンビニで買った真っ赤なエコバッグを目印に持ちながら。

バイトに向かう途中、「あの、ごめんなさい。」と駅で赤いエコバッグを持った春子さんに声を掛けられた時は、思わず「あーっ!」って言ってしまいました。

ずっと私に御礼が言いたくて、毎日ここなら会えるかなと思って待っていたと言われた時、ちょっと泣きそうになりました。

本当は一杯喋りたいのに、もうバイトに行かなくちゃならなくて、
「これからバイトなんです。もし良かったらバイトが終わってからもう一度お会い出来ませんか?」
って言ってしまいました。

「ええ、ええ。」ってうなずく春子さんに帰りの電車の時間を伝えて、電車に乗って、バイト中もずっとなんだか嬉しくて、早く終わらないかなってそればっかり思ってました。

ダッシュして帰ったら、春子さんに伝えた電車より1本早い電車に乗ってしまいました。

でも、春子さんはもう改札口で待っていてくれたんです。

二人で笑ってしまいました。

近くの喫茶店で、あの時の御礼と、とても綺麗なハンカチを下さいました。

実は春子さんのエコバッグの持ち手にくくりつけたハンカチは、ここ一番の時に使う私が持ってるハンカチの中で一番お気に入りのハンカチだったんです。

ちょっとだけ、もったいない事したな…と思ってたので、無茶苦茶嬉しかったです。

春子さんはなんだか嬉しくてベラベラ喋る私の話をニコニコしながら聞いて下さって、喋っても喋っても時間が足りませんでした。

それで次の土曜日も同じ時間に待ち合わせして、会う事にしたんです。

春子さんにあの後河井さんに助けてもらった事を話したら、とてもとても感動して下さって、私が河井さんに何か御礼をしたいけど、どうすればいいのか分からないって話すと、一緒にプレゼントを選びましょう。って事になったんです。

それで次の土曜日は、春子さんが私の百貨店に来て下さって、バイトが終わってから二人で一緒に河井さんへのプレゼントを選びました。

私、年上の男の人にプレゼントなんてした事がありません。

何がいいのか全然分からなくて、「扇子はどうかしら?」と言ったのは春子さんです。

春子さん、私が河井さんの事を漫才師だと言ったので、横山やすし、きよしさんみたいな人をイメージしたらしく、かなり渋いチョイスだと思ったんですが、いざ河井さんって幾つなんだろうと思って調べたら、40歳になるんですね!

びっくりしましたっ!
30歳くらいだと思ってました。

春子さんに40歳だと伝えたら、じゃあこれからの季節にぴったりだし、かさばらないし、やっぱり扇子がいいんじゃない?と、春子さんが選んで下さいました。

そして、私がバイト代で買うつもりしてたのに、私の事を助けて下さった河井さんに、春子さんから御礼がしたいからと、春子さんがお金を出して下さいました。

なので、私は一緒に選んだだけです。
スミマセン…。

この封筒も、手紙なんて書いた事が無いので持ってなくて、春子さんに選んでもらったんですよ。

紫陽花が綺麗でお気に入りです。
(これは私が払いました。)

いざ書き始めたら、すごく長くなってしまって、どこをどう縮めればいいのか分からなくて、文章も春子さんにチェックしてもらったんです。

そしたら、「この実ちゃんの思いが伝わるのが一番だから、このまま手紙に書くのがいいと思うわよ。」って言ってもらったので、無茶苦茶分厚くなりましたが、このまま贈ります。

もう私は春子さんの孫気分です。

そして、毎週土曜日のバイトが終わってから、春子さんと待ち合わせて晩御飯を食べるようになりました。

去年旦那さんを亡くされて、一人で暮らしていく事にようやく慣れたけれど、それでもやっぱり若い人とお話しが出来るのは、こんなに楽しい事はないと春子さんに言ってもらえて、ずっと甘えてます。

今度、春子さんと一緒にルミネにアインシュタインさんの漫才を観に行こうと話してます。

春子さんも私も一回も生の漫才を観た事がありません。

今から無茶苦茶楽しみです。

また観に行ける日が決まったら、手紙書きますね。

テレビでアインシュタインさんを見る度に、誰かに河井さんに助けてもらった事を自慢したくて仕方がありません。

でも、この事は春子さんと私だけの秘密にしておこうと思います。

「その方が素敵でしょ?」ってニッコリ笑った春子さんが余りに可愛かったので。

長々としたまとまりのないお手紙になってしまいましたが、扇子使ってもらえたら嬉しいです。

春子さんのお手紙も是非読んで下さい。

本当にありがとうございました。

佐伯この実。



つづく。