隣人。その2《脳内アニキvol.8》

翌日。

亜希子がまだ片付いていない楓の部屋のキッチンで何やら作っている。

楓「はぁ~~。おはよぉ~、ママ。何?こんな早よ起きて。何作ってんの?」
亜希子「おはよう。思ったより早よ起きて来たね。」
楓「キッチンでガチャガチャ音したら目覚めるわ。何?お弁当作ってんの?え?なんで?どっか行くん?」
亜希子「ママのと違うわ。」
楓「え?じゃあ楓の分?」
亜希子「ち、が、う。」
楓「え?どういう事?誰の分なん?」
亜希子「あんたも頭悪いな。お隣さんの分やん。」
楓「お隣さん?ええっ?ゆずるに作ってんの?」
亜希子「そうよ~。ママな、楓がまだ寝てる内に起き出して、コンビニに食材買いに行って、タッパーとかお箸とかも買って来てん。高ついたわ。」
楓「ええっ?ゆずるにお弁当ってなんで?」
亜希子「もう、まだピンと来ーへんの?ゆずる君ってまだ独身なんやろ?」
楓「うん。」
亜希子「テレビで忙しいしてんのやろ?」
楓「うん。」
亜希子「そしたら、ロケ弁ばっかし食べてて、家庭の味に飢えてるはずやんか。」
楓「あーーっ!」
亜希子「やっと、ピンと来た?」
楓「来たっ!ママ凄いわ!」
亜希子「男は胃袋で落とせや。」
楓「ママが落とす気なん?」
亜希子「違うっ!楓の印象良くする為やんか。」
楓「楓が作った事にするの?」
亜希子「そんな嘘すぐにバレるわ。インスタントラーメンしか作った事無い子が。」
楓「え?ママが作ったお弁当渡して、それでなんで楓の印象が良くなるん?意味分からんのやけど。」
亜希子「ゆずる君の立場に立ってみ?引っ越して来た次の日に、わざわざ身体を気遣ってお弁当作ってくれた人の娘さんに、冷たい態度は取れへんやろ?」
楓「あ~~。けど、なんか回りくどない?」
亜希子「これぐらいで丁度ええの。いきなり楓が直接グイグイ行ってみ。警戒されるだけや。」
楓「確かに。そうかも。なんか、ママ凄い。そこまで楓の事考えてくれてるんや。」
亜希子「ふふふ…。」
楓「へへへ…。」
亜希子「こんな優しい人の娘さんがお隣で良かったって、楓の高感度も一気にアップや。」
楓「何?絶対ママの印象良くしたいだけやんか?ママゆずるが幾つか知ってんの?」
亜希子「幾つなん?」
楓「もう、40やで。」
亜希子「嘘っっ!」

亜希子のお弁当作ってた手が止まる。

亜希子「30そこそこちゃうの?」
楓「40なんやて。昨日色々ゆずるの事調べてん。今年40になるんやて。」
亜希子「ママと3つしか変わらへんやん。」
楓「そうやで。」
亜希子「ええ?ママと3つって事は、パパと5つしか変わらへんやん。」
楓「そうやで。」
亜希子「なんちゅー、若いの。」
楓「ゆずるな、色々頑張ってやんのやんか。パックしたり、ボディークリーム塗ったり、香水にも凝ったりしてやるんよ。」
亜希子「ボディークリーム?香水?ママでも塗った事無いわ。」
楓「今、第7世代とか言って霜降り明星とか四千頭身とか若い芸人が人気やから、焦ってんねんて。」
亜希子「なんか分かるわぁ~。40過ぎたら一気に老けるもん。」
楓「ママがそんなん言うの聞いたら急にゆずるがオッサンに思えて来たわ…。」
亜希子「でもママはそん中ではゆずる君が一番好きやわ。やっぱイケメンやもん。」
楓「霜降り明星四千頭身とやったら、そらゆずるが一番イケメンやけど。でもどーせならかねちが良かったな。」
亜希子「かねち?」
楓「EXITの兼近。あたしらからしたら、一番人気はEXITやで。」
亜希子「兼近って髪の毛ピンクの子やろ?あの子やったらママはやっぱり和牛の川西君が一番好きやわ。」
楓「ズルっ。ゆずる違うんや。」
亜希子「ママな、川西君のあの声が好きなんよ。」
楓「そうなん?そんな事初めて言ったやん。」
亜希子「ママな、1回でええから和牛のライブ行ってみたいんよ。ゆずる君とお近付きになれたら、和牛のチケットとか頼めるかもしれん。」
楓「やっぱりママの為のお弁当やん。」
亜希子「誰の為でもええわ。絶対悪い事にはならへんから。」
楓「なんか、嫌な予感しかせんのやけど。」
亜希子「そんな事よりゆずる君が仕事行ってしまったらアカン。楓、隣の様子伺ってみ。なんか聞こえる?」

隣の部屋との壁に耳を付ける楓。

楓「なんかハッキリとは聞こえへんけど、でもなんか水の音が聞こえる。」
亜希子「シャワー浴びてるんやろか?」
楓「きっとそうやわ。YouTubeで朝は必ずお風呂に入ってから仕事行くって言ってたもん。」
亜希子「朝風呂入るんや。こういうの、女子力高いって言うんちゃうん?」
楓「オッサンが女子力高いって、意味分からんくない?」
亜希子「そんなん言うてる間に出て行ってしもたらアカンやん。部屋から出て来た所を捕まえよ。」
楓「うん、分かった。」

30分後。


つづく。