隣人。その9 【脳内アニキVol.15】

【注意】

何のこっちゃ分からん人の為に。

2020-9-1
『隣人。その8 脳内アニキVol.14』
の続きです。

万が一、気になる人は『隣人。』で検索を。

アニキの性癖に詳しくなれます。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



竜一が出て行った後、自分がどうするべきか作戦を立てる翔。

「ええ~、どうしよう。どうしたらええねんろ。」
「パパがゆず兄んとこに乗り込む前に、ゆず兄に危険を知らせる…。」
「あ~、これがコロナや無かったら、出待ちして手紙渡せば済む話やのになぁ。」
「出待ち禁止、サイン禁止、手紙やプレゼント渡すのも禁止。どうやって伝えたらええんやろ…。」

何にもアイデアが浮かばないまま無駄な時間が流れる。

録画しといたアメトーークを流してたはずが、結局全然内容が頭に入って来ないままダラダラと流れてしまっている。

「あ~もう、知らん。」

諦めてテレビ画面を見る翔。

と、そこにはスケッチブックで芸人にカンペを出す加地プロデューサーの姿が。

「あ、そっか!スケッチブック!」

美術の授業でほんの4、5枚使ったまま放ってあるスケッチブックを探し出し、猛烈な勢いでマジックで書き始めた翔。

「よしっ!出来た。後はこれをゆず兄に見せてっと。」
「今からやったら丁度午前の出番終わったゆず兄が新幹線に向かうのに間に合う。」
「姉ちゃん見てて。真田たち弟、翔。必ず任務遂行してみせます!」

スケッチブックをリュックサックに詰め込んで、勢い良く出て行く翔。


ここは新大阪駅、タクシー乗降口。

スケッチブックを胸に抱えた翔が、駅構内の壁に身を隠す様に立ち、タクシーから降りて来る人に目をやっている。

「ヤバいヤバいヤバい。」
「あかん。むっちゃドキドキして来た。」
「こんなんやったら出待ち繰り返して、ゆず兄に顔覚えておいてもらうんやった。」
「けど、出待ちは近隣に迷惑かかるから、ホンマのファンはせえへんねん。僕は出待ちせえへんポリシーやねん。」
「けど、ハァ……、ヤバい。やっぱ無理かも。」
「何で女の子はあんなに堂々と出待ちしてプレゼント渡したり写真一緒に撮ってもらったり出来るんやろ。」

スケッチブックを胸に天を仰ぎながらブツブツ独り言を繰り返す翔。

「フゥ~。」

小さく深呼吸をして、再びタクシー乗り場に目をやったその視線の先に、タクシーから降りて来たアニキの姿が。

「あ、あ、あ、えっ、ええ~、あ、どうしよ、どうしよ。」

翔の目の前を丸眼鏡を掛けたくりくりパーマのアニキが歩いて行く。
 
自分からほんの1メートル程先を憧れのアニキが歩いて行くのに、緊張して凝り固まった翔は、最初の一歩が出ない。

「ハァ~、ヤバい。やっぱりゆず兄むっちゃ格好いい!」
「僕、何でこんな格好で来てしもてんろ。」
「もっとお洒落な服着てきたら良かった…。」

「って、アカンっ!ゆず兄行ってまう!」
「ゆず兄が新幹線の改札通るまでが勝負やのに。」

意を決し、アニキに向かって走り出す翔。

ダダダダダーッ!

勢い余って、改札口に向かうアニキを追い越してしまう翔。

翔「あ、ちゃうわ、追い越してもた。」

急にビターッとストップして、グルッとアニキの正面に立つ翔。

アニキ「うわッ!びっくりしたぁ。」
翔「あの、あの、すいません。」
アニキ「え?何~?」
翔「あの、えっと…、これですッ!」

バッとスケッチブックをめくってアニキの正面に突き出す。

『僕はゆず兄の大ファンです。』

アニキ「あ、ありがとう。フフッ。何やねん、ソーシャルディスタンス仕様の新種のアピールか?」

翔「あ、はい。あ、すみません。」

もう一枚スケッチブックをめくる。

『いきなりゆず兄呼ばわりしてすみません。』

更に1枚。

『僕は河井ゆずるさんの大ファンなんです。』

アニキ「おう。ありがとうやけど、えっと…、ゴメン。もうあんまり新幹線の時間無いねんか。もう本題入ってくれる?」

翔「あ、すみません。分かりました。えっとそしたら、次のこれは飛ばして…。」

アニキの予想外のツッコミにどのページを見せればいいのか、焦り倒して上手くスケッチブックがめくれない翔。

この二人の様子を見ていたのが、規模を縮小して行われたダンス部の大会に参加した帰り、新大阪駅に到着したばかりのジャージ姿の女子高生の集団。

アニキと翔から離れる事10メートル。

「あれ、見て!」
「何、どしたん?」
「あれ、アインシュタイン違う?」
「え?どっち?」
河井ゆずるの方。」
「嘘、マジ?」
「ほら、『僕は河井ゆずるさんの大ファンなんです。』やって!」
「ええーっ!」
河井ゆずる河井ゆずるやって!」
「キャーッ!何処?何処?」
「サインして下さいー!」
「写真、写真~!」

ドドッと押し掛けるパワー有り余るダンス部の集団にはじき飛ばされる翔。

翔「痛ッ。」
アニキ「ちょっと、ちょっと、危ないって!」

「サインして下さいー!」
「ヤバっ!むっちゃ格好いいっ!」
「ゆずるさぁーん!」
「こっち向いてぇー!」

アニキ「痛い痛い痛いッ!ちょーホンマに危ないってぇ!」

もみくちゃにされながら、必死で振り切って改札口を突破して行くアニキ。

「ええ~、サイン~。」
「ゆずるさぁーん!」
「あたし髪の毛触ったぁ。」
「嘘、いいなぁ。あたし全然触れへんかったぁ。」
「なぁ稲ちゃんは?」
「ホンマや!ここで待ってたら稲ちゃんも来るんちゃう?」
「キャ~。」

余りの騒ぎに駅員さんがやって来て、改札口から離れる様に言われるダンス部の集団。

その集団に弾き飛ばされた翔は、床にへたり込んで呆然としている。

「ウソやん。ゆず兄行ってもうたやん。」

足元にはダンス部の集団に踏みくちゃにされ、蹴飛ばされ、ズタボロになったスケッチブック。

『僕はゆず兄の大ファンなんです。』
のページは、無数の靴の跡ですっかり汚れ、破れてしまっている。

ズタボロのスケッチブックを拾い上げ、切符売り場にダッシュする翔。

「そやねん。僕はゆず兄の大ファンやねん。」
「こんな事にめげてる訳には行かんねん。」
「僕は僕は真田たちの弟としてのプライドに掛けて、任務遂行せなアカンねん。」

切符売り場で新幹線の入場券を購入し、改札を通り、アニキがダッシュで上って行ったエスカレーターを「すみませんッ!すみませんッ!」と人を掻き分け、ホームに駆け上がる翔。

「何処?何処?ゆず兄、何処?」

ちょうど東京行きののぞみがホームに到着して来る。

列を作って順番に乗り込む乗客。

ホームを走りながらアニキの姿を探す翔。

20メートル程先にコーヒーを片手に持ちながら、新幹線に乗り込んで行くアニキの姿を発見!

「居たッ!ゆず兄ッ!」

思わず声に出る。
振り返る乗客。
その視線を振り切って走る翔。

新幹線の窓越しに通路を歩いて行くアニキの姿が見える。

「お願い、ゆず兄こっち向いて!」
「お願いやし、こっち側に座って!」

念じながら走る翔がやっと指定席の車両に追い付いた。

ホーム側の窓側で、テーブルを倒しカップホルダーにコーヒーを置いて座ろうとしているアニキ。

翔「やったぁ、窓側!」

その窓に向かって全力で手を振る翔。

アニキ「うわっ!何?さっきの少年?」
翔「ゆず兄ッ、いえゆずるさんッ!」
アニキ「ほやから何って?」

突然アニキの視界から翔が消える。

アニキ「え?どしてん?何よ?」

ホームの地面でスケッチブックの新しいページにマジックで走り書きする翔。

バッと立ち上がる。

スケッチブックに力強い字で書かれた文字。

『父、行く。』

アニキ「父、行く?父、行く?何よ?何やねん?」

♪タリラリラ~ン、タリラリラ~ン

のぞみの発車音が鳴る。

静かに動き出すのぞみ。

アニキ「ちょっとぉ~、父、行くって何やねん?気になるやんけ!おい、少年~。」

ホームでスケッチブックを頭に高く掲げ、誇らしげに立つ翔。

翔「ゆず兄~、行ってらっしゃい~。」

小さくなって行くアニキを乗せたのぞみに向かって手を振り続ける翔。

そして、とうとうのぞみの姿は見えなくなった。

翔「姉ちゃん。真田たち、弟、翔。立派に任務遂行致しましたっ!」



つづく。