隣人のその先。その⑨【脳内アニキvol.24】
楓のPCR検査の結果が出た。
陰性だった。
何となく「なんか、あたしは絶対大丈夫。」って根拠の無い自信に満ち溢れていた楓だったが、実際に陰性と分かって、心底ホッとしている自分が居た。
真っ先にゆずるに電話しようとして、「なんかがっついてる女みたいに思われんかな…。」…と、もうちょっと寝かす事にした。
でも陰性のお墨付きが出れば、てっきり明日から外出出来ると思っていたのに、1週間の自宅待機をと言われてしまった。
これは全くの想定外だった。
「ええ~。シルバーウィークに詩織と東京タワー階段で昇ろうって約束してたのにぃ…。」
東京に出てからバイト漬けでろくに遊びにもお洒落スポットにも出掛けた事が無いと言う詩織と、これまたほとんどマンションでダラダラしてるだけで、あまりお出かけした事が無い楓が、どうせなら〝THE東京〟って所に行ってみよう!と盛り上がり、詩織にバイト休み取って貰ったのだった。
でも仕方が無い。
電話で詩織に陰性だった事、でも自宅待機で東京タワーには行けないと伝えると、「東京タワーなんて、ゴジラがやって来ない限り、永遠にあそこに有るねんから、気にせんとき。それより陰性でホンマに良かった。」と言ってもらえた。
ずっと感じて来た、大学でイマイチ自分が浮いてる様な馴染めて無い様な居心地の悪さを、詩織と話していると忘れる事が出来た。
翔にも電話する。
珍しく繋がらない。
亜希子に掛けた。
「ママは絶対大丈夫やと思ってたわ。けど、良かった。やっぱ陰性やと聞くとホンマに安心するな。」
「今朝一番におかずを作ってクール便で送ったから、明日には届くから。」
「他に足りひん物は何かある?」
「何か大阪名物送ったげよか?」
楓が陰性と分かって喋る亜希子は、いつになく饒舌だった。
亜希子「パパには電話した?」
楓「まだ。」
亜希子「ママから言うてもええけど、何遍も何遍も〝まだ結果分からんのか〟ってずーっと言うてはる。楓から電話したげて。」
楓「うん。分かった。」
楓「パパ?」
竜一「楓かっ?どやった?結果分かったけ?」
楓「陰性やった。どうも無かったで。」
竜一「ほうか。良かった。ホンマに……。良か……。ウォ~~ン。」
楓「パパ?嘘?泣いてんの?も~、恥ずかしいってぇ。周り人居るやろ。」
やっぱり大阪の家族はいい。
なんで、大阪の大学に進まへんかったんやろ…。
今更ながら、ただ東京って響きに引かれてこっちに来てしまった事を、楓はちょっと後悔していた。
その大学へも連絡した。
指示に従って、1週間自宅待機をし、通学は24日からとするようにとのお達しだった。
思いもかけず、楓は1週間もマンションの部屋に籠もる事になってしまった。
つい、なんかお菓子か飲み物買って来ようと、コンビニに出掛けそうになってしまう。
いざ、この部屋で1週間籠もるとなると、足らない物ばかりだ。
どうしたもんかと考え掛けて、なんだか面倒臭くなって、やっぱり辛抱出来ずにゆずるに電話した。
アニキ「おう。どやった?」
楓「陰性やった。」
アニキ「ああ良かったぁ。感染して無かったんや。」
楓「うん。ほやし安心して。ゆずるは大丈夫なん?」
アニキ「う~ん。まだちょっと頭は痛いなぁ。食べ物も美味ないし…。や、ホンマにこんなしんどいもんやと思ってへんかったわ。楓ちゃん、感染らんでホンマに良かったって。」
楓「うん。ゆずる、楓も1週間部屋にに居とかなアカンねん。」
アニキ「うわぁ~、そうかぁ。」
楓「なあ、ゆずる。」
アニキ「おん?」
楓「また電話してもいい?」
アニキ「ハハハ。毎日毎日してこんでもええで。」
楓「ええ~。」
アニキ「いや、無事が分かったらほんでええがな。」
楓「けど、楓の声聞かな寂しいやろ?」
アニキ「寂しい無いわ。俺、友達いいひん奴ちゃうんよ。」
楓「けど、友達に若い女の子は居てへんやろ?」
アニキ「ハハハ。後輩おるがな。まぁ、ほんなら電話したかったらして来いな。」
楓「ホンマに?」
アニキ「ホンマにって、自分が言うとんねん。」
楓「嬉しい~。ほなまた電話する。あっ。ゆずるも楓に電話したなったら、いつ掛けて来てもええよ。」
アニキ「ああ~。分かった分かった。ほなな。ちゃんと部屋に居とかなアカンぞ。」
居る。
居る。
居ますとも。
「やっぱり東京出て来て良かった。」
何処までも単純な楓は、この後の1週間がどんなに退屈で不便か、思い描く事が出来ていなかった。
つづく。