年賀状一枚(その壱)『仕掛け』

15日。
父の月命日の今朝、す・またんを見てたら、見取り図が上方漫才大賞受賞のニュース。
特別賞に霜降り明星
そしてブサイクランキング三連覇に稲ちゃん。
男前ランキング1位にアニキ。
アインシュタインはコンビで制した事になる。

嬉しい朝の始まり。
大好きな番組に、自分の好きな芸人さんが取り上げられてて、す・またん独自のインタビュー映像も盛り沢山で。

ただ私はリリーさんにTwitterブロックされてしまってるけど。

なかなかに凹む。

不必要に怖がらせてしまっているようなので、訂正しておこう。

私の達成したい目標に芸人さんは1ミリも関係ない。
ただ自分が目指す理想の姿に、笑いが欠かせないというだけだ。

勝手に面白がってもらってるんじゃないかと勘違いしてた自分が、まさか気持ち悪がられてるとか嫌われているという事実を受け入れるのに、時間がかかっただけ。


紳助さんが立ち上げたM-1が、一旦終了したのにコンビ歴15年未満に門戸を広げて復活したのは本当に嬉しかった。
そして再スタートしたM-1で、今まで知らなかった芸人さんを知り、漫才がこんなにも進化してる事に驚きと喜びを感じてた。

初めて劇場に足を運んだのは西梅田劇場。
衝撃だった。
テレビで観るのとは全く違うライブ感。
舞台と客席の近さ。
若手漫才師が多くのファンを掴んでいるという事実。

紳助さんに憧れて、いつもネタ帳を持ち歩き、何か面白い事はないかとアンテナを張ってた十代。
でも社会人になって、人間関係に苦心したり、オーバーワークになって身体を壊したり。
笑いを取りに行く、前のめりな私は息を潜めるようになった。
勿論いつも楽しもうとはしてた。
ただ自分がその場を回す事からは遠ざかった。
周りを笑わす余裕より、自分が家族や親しい人に心配かけないように、毎日ちゃんとご飯を食べて働いて睡眠を取る事に重きをおくようになった。

あの時期それは間違いではなかった。
ただ自分のお笑い脳みたいなのは休眠状態になる。
いつも周りを笑わそう笑わそうと力が入ってた時は、ちょっとした事を面白おかしく頭の中で変換する癖が付いていた。
そこから離れて錆び付いていた脳には、劇場で躍動する芸人さんの姿は本当に刺激的で、なんだか自分が出遅れたようでショックでさえあった。

アインシュタインをテレビで初めて見た時、実はちょっと紳助、竜介を思い出した。
漫才の事ではない。
この時はアインシュタインの漫才をまだ観た事もなかった。
稲ちゃんのアゴが、紳助さんを思い出させた。
勿論、アゴの破壊力では紳助さんは稲ちゃんに太刀打ち出来ないけど。
強面で泣く子も黙る見た目の紳助さんと正統派の男前だった竜介さん。
竜介さんは漫才だけでなく、普段のフリートークもカミカミで、何と言うかポンコツで、でも愛嬌があって。
紳助竜介の人気の秘密は紳助さんの毒を振りまきながら笑いをかっさらって行く天才振りだけでは決してなかった。
このコンビの見た目の落差の大きさが共通してるなと、ちょっと思ったのだ。

アインシュタインにとって見た目の落差の大きさはもの凄い武器だ。
見た目にインパクトがある時点で、他のコンビより一歩も二歩も先んじている。
稲ちゃんの顔面は破壊力満点だし、アニキはイケメンだけじゃなく、圧倒的な華がある。
実はアニキは『努力の人』だと思ってる。
『努力の人』って、芸人さんが一番言われたくない芸人殺しの言葉なんだろうけど、きっと事実だから仕方がない。
アインシュタインを組む前のアニキの数少ない画像を見ると、それほどイケメンでもないし、ガリガリで貧相でどこか田舎臭い。
稲ちゃんとコンビを組む事になって、不細工とイケメンという両極端を特徴として打ち出し、稲ちゃんの見た目で引かれてしまう分をカバーする。
色んな事にアンテナを張り、映えるInstagramの写真のアップ、
諸々の努力も込みでアインシュタインを人気コンビに引き上げて行く。
稲ちゃんは確かに顔面のインパクトは凄いけど、不潔感がない。
きっと本人もそこは気を使ってるんだと思う。
二人して身長もあるし、スタイルもいいから、結構何を着ても映える。
ブサイクランキングと男前ランキングをコンビでアインシュタインが独占。
漫才師として見た目の評価なんてそれがなんぼのモノだと言う人も居るだろう。
でもそれはプラス以外の何物でもない。

劇場に足を運ぶようになってアインシュタインの漫才を観た。
実は初めて観たのが何のネタだったのかもう覚えてない。
テレビでは全然だった二人が、舞台では生き生きしてた。
その日の出演者の中で一番のインパクトを受けて、私はYouTubeや画像を検索するようになったし、テレビの予約録画のジャンルに『アインシュタイン』とワード登録した。
最初はワード登録は全然活躍しなかった。
アインシュタインでも相対性理論アインシュタインに関する番組を拾ってしまって、面倒くさかった。
それが夏になり秋を迎える頃には、出演番組も増えて二人は押しも押されぬ人気芸人さんになっていった。

私が二人の冠ラジオ番組、『ヒラメキラジオ』を聴き出したのは遅かった。
初めて聴いた時、「こんなに面白いんやったら、なんでもっと早く聴き始めへんかったんやろ。」って、歯噛みする程の後悔を感じた事を強烈に覚えてる。
そして生まれて初めてラジオ番組にメールを送った。

二人のファンである事、ラジオ番組にメール送るのは初めてである事。
当たり障りのない凡庸なメールだった。
勿論読んではもらえなかった。
凄い数のメールが届くのだ。
そんな簡単には読んでもらえない。
何か面白い事起こらないかな…?
私は十代の頃のように、身の回りに転がってるネタ探しをするようになった。
そして、和牛の単独ライブに向かう新幹線の車中でのエピソードを送った。
番組のメールフォームの1000文字以内に収めるのに苦心して、2時間くらいかかった。
広島のホテルのベッドに寝転がって、お風呂で温まった身体が冷えてしまう程時間がかかった。
でも、ちょっと手応えはあった。

番組のオンエアの日、もしかしたら読んでもらえるかも…。ドキドキしながらスマホから流れるradikoに聴き耳を立ててた。

そして読んでもらえたのだ。
無茶苦茶嬉しかった。
あんなに心拍数が上がった事、ここ何年もなかった。

それから番組にメール送るのが私の楽しみになった。
でも、また読んでもらえる事はなかった。

私は作戦変更した。
もの凄い数のメールの中で、読んでもらえなくても二人の印象に残るメールを送ろう。

珍しく私は自分から仕掛けた。

ポッドキャストで過去の放送を聴く。
単純に面白かったから聴いた訳だけど、これで番組の傾向が読み取れた。
リシュナーさんのメールは基本みんな二人を賛美している。
綺麗な言葉使いで。
それは礼儀にうるさいアニキと、優しい言葉使いの女の子が好きな稲ちゃんの好みに合わせてるようだった。

だったら、反対を行こう。
他のリシュナーさんが絶対書かないようなネタ。
下ネタで。

高校の時の鉄板の下ネタエピソードと、いつも私の働くレンタルビデオ店に来てくれる同級生の話。
一週では印象が薄いと思って、わざと二週続けて下ネタを送った。
ヒラメキラジオの目指す番組指向とは真逆だし、ちょっとした賭けだった。
〝二人の目に留まる事〟
〝こんな事書いて送って来るおばさんってどんな奴やねんと興味を掻き立てる事〟
その事だけを考えて、私は下ネタエピソードを連投した。

二人の興味を掻き立てる…。
仕掛けは成功した。
多分。
劇場の席が前だったのが続いた事もあって、認識してもらえる事には成功した。
きっと。

いつも頭の何処かにアインシュタインが住むようになった。
仕事終わってから、農作業の段取りを付けてから、多い月は5回劇場に通った。

農作業は孤独だ。
田んぼに一人ポツンとトラクターに乗って、身体全身に響く振動に耐えながら耕す。
ゆっくりゆっくりトラクターを走らせ、何度も何度もハンドルを切って往復する。
ロータリーの回転音がうるさくて、ラジオも聴く気にはならない。
単純作業だけど手を抜くと、高低差が出来てしまい、その後のお米作りに後々まで影響するから手は抜けない。
ずっと手足は動いてるのに頭が暇だった作業中は、ヒラメキラジオに送るメールの文章を組み立てる時間になった。
ラクターに乗る4~5時間は孤独ではなくなった。

もっと単純で暑くて厳しい作業が畦の草刈りだ。
真夏に背中にエンジンの唸りをあげる草刈り機を背負い、全身汗だくになりながら刈る。
熱中症になるのは、大抵草刈りしている時だ。
時に跳ね返った小石で耳を切る。
泥が目に入る。
何かを産み出す作業ではないから余計体力以上に気が滅入る。
その滅入る時間も、頭の中で文章を組み立てれば短く感じるような気がした。

50代米農家の日常にアインシュタインとヒラメキラジオが住み着いたみたいだった。

でも、ヒラメキラジオにメールを送る。
その楽しみは突然終わりを迎える。
番組終了が突然発表された。

「嘘やろ…。」
聴きながらドキドキドキドキして、アホみたいに何度も「嘘やろ…。」って繰り返してた。
心が現実を受け入れたくないと叫んでるみたいだった。