『最低。』の下の余白

やっと読み終わった。
紗倉まな 処女作 『最低。

5/24に買って帰ったから、約一ヶ月半かかってしまった。
別にまなちゃんの小説がつまらなかったから、頁をめくるのが進まなかった訳ではない。
単純にほぼ毎朝4時半起きで、田んぼだ仕事だお米の配達だとそこそこ忙しい上に慢性の睡眠不足。
頁をめくっては寝落ち。
めくっては寝落ち。の繰り返し。
今日やっとまとまった時間が取れて読み終えた。

小説に出て来るペラペラの関西野郎、洋平はケンコバさんやアインシュタインの二人にクソミソにディスられる程痛い奴ではない。
この小説の中から、ペラペラ関西野郎洋平をピックアップして、〝関西嫌い〟〝関西を下に見てる〟とまなちゃんをイジろうとするケンコバさんの力技。

『はじめから執着するような感情を抱くほど価値のある男だと思っていたわけではなかったのだけれど、今の彩乃にとって洋平はもはや他人と言っていい存在だった。』
この後現れる日比野を際立たせようと、この一文で葬る為だけに存在してる様な奴。
あ、余計にペラペラにしてしまった。

正直、びっくりした。
あまりにちゃんとした小説で。

昔、水嶋ヒロの処女小説『KAGERO 』が、ポプラ社小説大賞を取った時。
水嶋ヒロが書く小説ってどんなもんなんやろ?とミーハー心で手に取り、あまりの稚拙さにひっくり返った。
これが本になるのか。
これでお金を取るのか。
そしてなんでこんなもんが、ポプラ社小説大賞を取れるんだ?
腹が立って仕方なかった。
読者を馬鹿にするにも程がある。
他の作家はどう思っているのか?
職場のスタッフが
水嶋ヒロいきなり賞取るなんて凄いですよね。ゴーストライターに書いてもらったんですかね?」
と言ったので、思わず力一杯こう返した。
ゴーストライターが書いたらもっとまともなもん書くわっ!あんだけ下手くそなんやから本人が書いたんやろ。」
あたしはあの時から、ポプラ社を信用してない。

まなちゃんの小説の内容についてあれこれ感想を書くつもりはない。
本を読んだその感動を、自分の中に生まれた感情を、自分の気持ち以上にいつも上手く表現出来た例しがないから。
子供の頃から、そつが無いけど、読んだ相手に響く事も無い読書感想文しか書けなかった。
書く度にストレスが溜まる。

それに比べてまなちゃんの言葉のチョイスは凄い。

彩乃が母親に叩かれるシーン。
『彩乃の頬が一気にあつくなった。そっと熱源に手を当てる。』
〝熱源に手を当てる〟って書けるようで書けない、凡人は。

でも一番感心したのはあとがきだ。

そこそこ文庫本を読んで来たけれど、こんなに長いあとがきを読んだ事がない。

これだけの文章を書ける人なのだから、子供の頃から一杯本を読んだり、小説めいた事を書いたりして来たのだと思ってた。

それなのに。
ちゃんとした読書体験が高校を出てから。
文章を書く様になったのが二十歳の頃。

ついこないだではないか。
それでここまで書けるようになるものなのか。

いい編集者に出会えたとは言え、「読んでて恥ずかしくなるくらい下手だな。」と評されてた女の子が、何年後かには朝日新聞の書評欄で高評価を得るくらいにまでなれるものなのか。

何なんだ。
この伸びしろ。

あたしは『書く体力』と言っている一種の衝動を
『書くことは筋トレ。エネルギー』
と表して、この言葉をまなちゃんの脳内に放り込んだ高橋がなりさんという人に拍手を送りたい。

処女小説を読み、あとがきを読み、最後の裏表紙。
何故かこれが一番感動した。

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職場であるレンタルビデオ屋のアダルトコーナーのジャケット写真でしか、エロ屋としての紗倉まなちゃんをあたしは知らないのだけど。
TENGA茶屋のラジオブースの奥から聞こえてくる、地響きみたいな低い笑い声。
あの可愛いベビーフェイスの何処からこんな笑い声が生まれるんやとびっくりしたのと同じくらいの意外性をまだまだ秘めてる作家紗倉まなの処女作を、あたしは読んだんだなと言う小さな満足感。
この余白の下に一冊一冊書き加わって行くのかと、ただのリスナーという接点だけで、あたしが感じる事の出来る高揚感。
そして、
あたしはこのように書けはしないという小さな敗北感。

560円(税別)の文庫本は、あたしの心の中に決して小さくはない凹凸を刻んだ。。

ちなみに水嶋ヒロの処女小説はBOOK
OFF に速攻で売りに行った。

幾らだったか覚えてもいない。
ただ購入額と査定額の差額返せとチラッと思った感情は覚えている。

最低。』がポプラ社刊行でなくて良かった。