隣人。その8 《脳内アニキvol.14》

いつもより朝早く仕事に出掛けたはずの竜一が、もの凄い勢いで家に帰って来る。

竜一「おう、翔っ!わし、今から東京行ってくんど。」
翔「え?今から?え?何?」
竜一「お前、楓から聞いとるけ?楓の隣の部屋がアインシュタインの河井なんや。」
翔「え?え、スゴーーい。」
竜一「何やほのざーとらしぃ反応は?お前あれやったな?お笑い好きやったな?河井の事詳しいんけ?」
翔「いや、好きっちゅーかそんなには…。」
竜一「絶対にあんな奴の応援なんかすなよッ。あいつはな、ええか?女の首絞めよる様な奴や。ホンマろくな奴やないど。」
翔「うん。大丈夫。ってか、パパこれから東京行くの?」
竜一「おう。今から東京行って、お前うちの楓にしょーもない事すなよッって挨拶行ったろ思てな。」
翔「挨拶…。それは挨拶とは言わん様な…。」

竜一の携帯が鳴る。

竜一「なんや?珍しい織田さんや。もしもし?あ~、ご無沙汰してます。」
竜一「いやぁ~、もうコロナで上がったりですわ。ほんま一時期は会社畳まなアカンかな思いましたで。」
竜一「はい?はい。え~ほらまた有り難い話ですけど。えらい珍しいですやん。織田さんからわざわざ、わしんとこに声掛けてくれやるなんて。」
竜一「はい、はい。分っかりました。ほな、今から事務所寄せて貰いますわ。おーきに。ありがとうございます。」

竜一「アカン。なんやタイミング悪いな。」
翔「え?パパ結局どうすんの?」
竜一「織田さんに呼ばれたら行かん訳にはいかんわ。お前、河井に〝女の首締めてんと、お前の首洗って待っとけ〟言うとけ。わしはまた仕事逆戻りや。あいつのせいで朝から行ったり来たりせんなんやんけ。ホンマごう沸くで。はな、行って来るど。」
翔「うん。」

結局、翔にアニキの悪口だけ吹き込んで、仕事に戻って行く竜一。

翔「女の首絞めるって…。思いっ切りWikipediaやん。誰やうちのパパに余計な事言うたん。絶対桜井さんや。それより姉ちゃんに電話せな。」

翔「もしもし?姉ちゃん。」
楓「翔。聞いて。あたし決めたわ。あたしらのコンビ名『真田たち』で行くわ。」
翔「『真田たち』?姉ちゃん何言うてんの?」
楓「ゆずるを守る為のあたしらの秘密結社の名前やんか。」
翔「秘密結社て?姉ちゃんなんか言う事の一つ一つが古いねんな~。ってほんなんどーでもええねん。パパがさっき帰って来てな…。」

事の顛末を説明する翔。

楓「なあ?翔。あたし薄々思ててんけどさ。ゆずるはこのマンションに帰って来るやん。」
翔「うん。」
楓「それは仕方ないやん。ゆずるとあたしのマンションなんやし。」
翔「いや、二人のマンションでは決して無いけど。ほんで?」
楓「それやったら、パパが東京来るのを阻止したらええだけちゃうん?」
翔「……………。」
楓「あんた、全く気付いて無かったやろ?なぁ?」
翔「そ、そんな事くらい分かってたわっ。け、けど、パパを阻止出来るくらいなら、とっくにしてるっちゅーねん。出来ひんからどーしよかって姉ちゃんと考えてんねんか。」
楓「へぇ~、分かってたん。まあいいわ。あたしら『真田たち』の出番やん。頑張ろな。」
翔「なんかそれややこしいわぁ。僕はアインシュタインのファンなんやって。」
楓「いっぺん頭ん中整理しよ。ゆずるが明日こっち帰ってくんのは絶対?」
翔「うん。明日は幕張で出番があるし、東京に帰る。」
楓「パパが明日こっち来んのも絶対?」
翔「それは絶対とは言えんけど。けど、パパは1回思い付いたらやらな気が済まん性格やし。明日には行くはず。」
楓「ゆずるにこの事態の説明はもうしたん?」
翔「ううん。まだ何も。」
楓「どうするつもりなん?」
翔「う~~ん。最初は劇場終わりに手紙書いて渡そうと思っててんけど。なんかそういうのもコロナでアカンらしいねん。まだ白紙。」
楓「ええ?どうすんの?あんたいい考えがある様な事言うてたやん。」
翔「う~~ん。」
楓「もうええんちゃう?どうせパパは何が何でもゆずるに文句は言うやろ。事前に伝えたところでしゃーないやん。」
翔「けど、ゆず兄の立場に立ってみ?何の心の準備も無く、いきなり怒り狂ったおっさんにいちゃもん付けられるねんで。やっぱり心の準備は必要やって。」
楓「先に〝怖いおっさんが来るかも。いつ来んねんろ〟ってずーっとビビってる方が嫌ちゃう。」
翔「いいや。僕の立場も考えてーや。ずーっとゆず兄のファンやのに、いきなりいちゃもん付けて来たヤバいおっさんの息子になるねんで。そんなん無理やん。もうこれからゆず兄のファンとして生きて行くの無理やん。」
楓「あんたな、相手はアインシュタイン河井ゆずるやで。あんた一人くらいファン失ったところでゆずるは何とも無いで。他に何十万人もファンは居てんねんし。かえってヤバいファン排除出来てええくらいにしか思わへんて。」
翔「ゆず兄がどう思うかちゃうねん!僕がどう思われたいかやねん!」
楓「何やな、それ。結局自分やん。まあええわ。好きにしいな。」
翔「とりあえず僕はゆず兄にこの事態を何とかして伝える。」
楓「はいはい。」
翔「姉ちゃん、それよりな。ちょっと聞きたい事あんねん。」
楓「何?」
翔「あのな…、あ~どーしよっかな…。」
楓「何やな、気になるやん。言いや。」
翔「うん。あのさ、思い切って聞くわ。あのさ性行為の最中に女性の首を絞めたり噛み付くって、どーゆー事?」
楓「ゆずるやっ!」
翔「ええっ!姉ちゃんまで知ってんの?世の中的にはほんな有名な話になってんの?」
楓「いや、あたしもゆずるを守る為にはまずゆずるの事をちゃんと知らなアカン思て調べてん。」
翔「何や、びっくりしたぁ。僕正直ゆず兄のこの部分は嫌なんやんか。何でそんなんすんにゃろって。あのさ…、そんな事されて女の人は嬉しいの?」
楓「あんたにはまだ早いわ。」
翔「え?姉ちゃんされた事あんの?」
楓「あらへんわっ!ってか、普通は無いねんっ!おかしいねん、ゆずる。けど、『一度首締めセックスを体験すると、もう普通のセックスじゃ感じない。って言われるくらい強烈な快感を得られる』らしいで。これも調べてん。『首締め性行為 快感』で調べてん。ってか、あたしは何で受験生の弟にこんなこと話してんのよ。何させねん、ゆずる。」
翔「そうなんや…。ええ様に言うたら、ゆず兄は上級者って事か…。」
楓「かなりええ様に言うたらな。普通は変態言う思うで。」
翔「パパは姉ちゃんがゆず兄に首締められたりせえへんか、凄い心配ってか、怒ってたで。」
楓「大丈夫。まだちゃんと喋ってへんし。首締められるとしたらもっと先の話。」
翔「やっぱ女の人は嬉しいねんや…。」
楓「う~~ん。女の人が嬉しいと言うより、絞めてるゆずるが興奮するからやってんのやと思うで。」
翔「ええっ。そうなんや…。僕ゆず兄の事やから女の人に喜んで欲しくてこんな事すんのかな?って思ってた。」
楓「ほやから、あんたにはまだ早いねんて。ってか、もーええわ、この話。段々気持ち悪うなって来たわ。翔も忘れい。ゆずるが首締めたりする人やと思ったら、いざ助ける時にちょっとビビってまうで。」
翔「ほやな。僕ゆず兄がどんなんでも気にせえへんわ。」
楓「あんた、ホンマにファンの鏡やな。ゆずるに聞かせてやりたいわ。」
翔「ほな姉ちゃん。僕明日ゆず兄が帰ってまう前に、何とかして僕からの熱いメッセージを届けるわ。」
楓「なんか主旨変わって来た気がせん事も無いけど、頑張り!あたしら秘密結社真田たち、出動や!」
翔「やっぱ、ネーミングいまいちやって。もうええっか…。」


つづく。