隣人のその先。その⑱【脳内アニキ vol.33】

忘れてた。

今日はアニキの41歳の誕生日だった。

朝、Twitterチェックして気が付いた。

今年は単独トークライブとかせえへんのや。

まあ、アニキが41歳になったからって、あたしの人生に何の影響も関係も無いっちゃー、無い。

ちなみに、マヂカルラブリー野田クリスタル君も今日が誕生日らしい。

片や、まだまだ男盛りで、M-1チャンピオンにして、可愛いハムスターの相棒も飼ってて、彼女もちゃんと居る35歳。

片や、紛れもない、隠しようも無いおっさんの域に達した、独身で忙しくしてるが、大きな結果は残せていない41歳。

あ。
ごめん。
比べるんや無かった。

アニキ。
ごめんな。


誕生日プレゼントでは無いが、半年以上放っといた【脳内アニキ】を再始動してみたりする。

一応、今日の所だけ読んでも話は通じるけど、お暇な方は、〝隣人のその先〟で検索してみて下さい。

17話もあるけど。

では、改めて。




隣人のその先。その⑱【脳内アニキvol.33】


楓がバイトするコンビニに、いつもの日常と平和が戻って来た。

結局、桜井さんと関西弁のお兄さんは、付き合う事にしたらしい。

この事も桜井さんからではなく、藤本さんに教えてもらった。

本当に地獄耳と言うか、噂好きなのだ、藤本さん。

その日の仕事終わり、楓がバックヤードの出口を開けると、微かに「クゥ~ン、クゥ~ン。」と鳴き声が聞こえた。

「うん?何か居る?」

バックヤードの裏っ側のゴミや段ボールを置いてる所から、その鳴き声は聞こえて来る。

ゴミステーションと段ボール置きの間に、小さな段ボールの箱が置いてあった。

箱から赤い毛布がはみ出している。

近付くと、その毛布が微かに揺れた。

中を覗くと、ブルブル震えている薄茶色の子犬が居た。

まだ自分の身体をしっかり支えてられない様な、危なっかしいくらいの子犬だった。

楓はそっとその子犬を抱き上げた。

全く嫌がらない。

子犬は楓に抱かれるままに、ブルブル震えながら「クゥ~ン、クゥ~ン。」と、楓の瞳をジッと見ながら鳴いた。

「可愛い…。」
楓は思わず声に出していた。

「え、でも、これって捨て犬って事やんな。」
「どうしたらええねんろ?」

小さな段ボールを抱えながら、もう一度バックヤードに戻って店長を呼んでもらった。

楓「店長、これゴミ捨て場に捨ててありました。」
店長「マジかよ。誰だよ、コンビニに子犬捨てる奴。」
楓「どうしますか?」
店長「どうするっつっても。コンビニの側に置いとくのは衛生上無理だし。可哀想だけど、保健所に連絡するしかないかな…。」
楓「え。保健所ですか。」
店長「うん。可哀想だけどね。」
楓「店長。あたし貰ってもいいですか?」
店長「え。いや、そりゃあいいけど。でも大丈夫なの?マンション動物飼ってもいいの?」
楓「はい。」
店長「ペット飼った事ある?結構大変だよ。」
楓「はい。実家では子供の頃飼ってました。」
店長「そう?じゃあ連れて帰ってあげて。」

こうして、その場のノリで、楓はブルブル震える薄茶色の子犬の親になった。

が、しかし。

自分の鞄を持った上で、子犬が入った段ボールを抱えて歩くってのは、想像以上にしんどかった。

腕がパンパンになって、やっとこさマンションまでたどり着き、部屋に入ると、まずタオルで震えている子犬の身体を拭いてあげた。

結構汚れていた。

子犬には、小っちゃいおちんちんが付いていた。

「これって柴犬やんな?」
「クゥ~ン。」

そうだと言わんばかりに、抜群のタイミングで子犬が鳴いた。

そーっと抱きしめると、何とも言えず温かい。

「あ~、やっぱり可愛い。」
「頑張って育ててあげるしな。」

「名前、何にしよかなぁ。」

「ゆずる?」
「ちょっとややこしいか…。」
「ゆず?」
「ゆずも、もうちょっとしたら、ゆずるの事そう呼ぶ様になるかもしれんしな。」
「あ~、何にしよう。」

子犬の名前が決まらないまま、楓は自分の中に急遽ムクムクと湧き上がって来た責任感、イヤ、母性に突き動かされる様に、冷蔵庫の前に陣取った。

「とりあえずなんかあげんと…。でも、牛乳しか無いわ。」

お皿に牛乳を入れて、子犬にあげてみる。

恐る恐るという感じで、子犬は口を近付けたが、一口ペロッと舐めただけで、もうそれ以上は飲もうとしなかった。

「ウソ?飲まへんの?」

子犬には牛乳さえあげればOKだろうと思い込んでた楓は、焦った。

「え?どうしたらいいの?」

慌ててスマホで、〝子犬 餌〟で検索してみる。

出て来る出て来る。

子犬用のミルクに、人間の赤ちゃんの離乳食みたいな物まであった。

「こんな一杯あんねんや。」
「てか、高~~。」

人間の牛乳なら、200円までで買えるのに、ゆうに1000円は超えていた。

とりあえず、Amazonで良さげな奴をポチッとした。

「でも、脱水症状になったらアカンしな。」

もう一度、試しに水をあげてみる。

今度はペロペロと飲んでくれた。

「やったー。えらいえらい!飲んでくれたぁ~。良かったぁ~。」

あと、オシッコ用のシートとか、もっと何が要るんやろ。

再び、スマで検索し始めた時、隣の部屋の玄関を開ける音がした。

「ゆずる、帰って来たっ!」

転がり出る様に、玄関を飛び出す楓。

楓「ゆずる、お帰りっ!」
アニキ「おお。びっくりしたぁ。ただいま。ちょっと久し振りやな。」
楓「ゆずる、ちょっと来て。」
アニキ「何ぃ?」
楓「ええから、来てって。」

楓はまだ荷物を抱えたままのアニキの腕を取って、強引に自分の部屋に引きずり込んだ。

アニキ「ちょ~、何やねん。女の子が男を自分の部屋に引きずり込んだりせえへんのよ。」
楓「これ、見て。」

「クゥ~ン。」

アニキ「ええっ!何これ?どうしてん?うわぁ、むっちゃ可愛いやんけ。」
楓「今日、バイト先に捨てられてたから貰って来てん。」
アニキ「ええ?どうもないん?」
楓「どうもないって何が?」
アニキ「お前、犬飼うた事あるん?ちゃんと育てられるか?」
楓「失礼な。ってか、お前ってむっちゃ偉そうに言うてくるやん。」
アニキ「ああ、ごめん。ほんなら楓ちゃん。犬飼うって中途半端な気持ちでは飼えへんで。ちゃんと育てられるか?」
楓「育てるもん。今も子犬用のミルクとかちゃんと注文したもん。」
アニキ「オシッコとかウンチもしよるで。」
楓「分かってるって。それもちゃんと頼むもん。」
アニキ「ほんならええけどな。ってか、さっきからこいつずっと震えとるやん。寒いんちゃうか?」
楓「そうなんかな…。」
アニキ「ちょ~、頼む抱っこさせて。」

アニキ「うわぁ~~。ヤバっ。どうしょう、むっちゃ可愛い。」
楓「名前どうしたらいいと思う?」
アニキ「俺が決めるんかい。」
楓「ゆずるは?」
アニキ「ガハハハ~。それだけはやめて。」
楓「う~ん。ほな、ゆずぽんにする。」
アニキ「何やねん、それ。ゆずると何も変わらんやんけ。

楓「なんかゆずるから離れられへん。あ、決めた。ジョーにする。」
アニキ「ジョー?」
楓「うん。ゆずるの音読み。」
アニキ「ガハハハ~。結局俺やんけ。」
楓「ジョー。今日からあなたはジョーですょぉ~。」

しばらくアニキはジョーを抱っこしたまま、ジョーのベッドになりそうな入れ物を楓に探させたり、そこにタオルを敷いたり、まるで自分のペットの様にいそいそとあれやこれやと動き倒し、なかなか楓にジョーを返そうとはしなかった。

ジョーのとりあえずの寝床の用意が整うと、ジョーに名残惜しそうに「バイバイ、バイバイ。」と手を振って、やっとアニキは自分の部屋に帰って行った。

そして。

次の日から、アニキのジョーへのプレゼント攻勢が始まった。


つづく。(多分)