隣人のその先。その③【脳内アニキvol.18】

2020年9月△日

楓「ゆずる、お帰り…、痛っ!」
アニキ「おい、大丈夫か大丈夫か。ガシャーン言うてるやん。」
楓「出遅れた思って走って来たら、扇風機の延長コードに引っ掛かった。もうマジ邪魔これ。」
アニキ「ハハハ。なんか悪い気ぃするなぁ。」
楓「ゆずるに涼しい風送ったげよ思って買って来たけど、よう考えたら楓の部屋は冷房掛けたら別に必要ないし。

アニキ「部屋に洗濯物干したりするやろ。」
楓「うん。」
アニキ「洗濯物に向かって扇風機回したら早よ乾くし、生乾きの嫌な臭いもせえへんで。」
楓「マジ?初めて聞いた。」
アニキ「首振りでな、風が動く様に当ててみ。」
楓「ゆずるってさ、主婦してた事あんの?」
アニキ「何でやねん。こんなん誰でも知ってるがな、常識やって。」
楓「ゆずる料理もするやろ?」
アニキ「するな。」
楓「イケメンで面白くって家事も出来るって、最強やん。ゆずるしか勝たんって奴やん。」
アニキ「おお。悪い気せえへんな。」
楓「違う。」
アニキ「違うんかいっ。」
楓「違う。そんなん話しよ思ったんちゃう。あたし、友達出来た!」
アニキ「おお、良かったやん。」
楓「うん。奈良の子。向こうも関西弁喋ってる子が居るって気になってたんやて。」
アニキ「ああ。東京で関西弁聞くとやっぱ安心するねんな。」
楓「それでな、ゆずる。あたし、その子にもゆずるが隣に住んでるって言ってないで。」
アニキ「ホンマか?」
楓「ホンマやもん。これってなかなか偉ない?」
アニキ「偉い!ほなな。」
楓「え~、もっと喋ってよ。」
アニキ「充分喋ってるって。部屋入る前にこんな会話してるってなかなか無いで。」
楓「それってあたしは特別って事?」
アニキ「いや、そういう事ちゃうねん。もうええか?部屋入らせてくれよ。」
楓「うん。ほなお休み。」
アニキ「はい。お休み。」


その2時間後。


お風呂から上がって来た楓。

勿論、冷房はガンガンに効いている。

アニキに言われた通り、洗濯物に向かって扇風機を首振りモードで回している。

部屋の中で初めて扇風機が役に立っている。

テレビを点け、ケトルでお湯を沸かし、電子レンジで冷凍ピザを温め、スマホは充電中。

コンセントと言うコンセントが埋まり、フル稼働中。

テレビの前に胡座をかいて、ドライヤーで髪の毛を乾かそうとスイッチを入れた途端。

「バンッ。」って音と共に部屋が真っ暗になった。

「キャッ!え、何?」
「真っ暗なんやけど。」
「嘘、停電?」
「マジで?ヤバい、むっちゃ怖い。」
スマホ…、スマホ何処?」

暗闇の中、手探りでスマホを探し出す楓。

スマホは無事使えた。

「え~、良かった。スマホ使える。これ何?停電なん?」

しばらくジッと再び電気が点くのを待っている楓。

一向に電気は点かない。

「ヤバいねんけど。ちょっと怖いって…。」

スマホのフラッシュライトを頼りに、玄関から出て行く楓。

アニキの部屋のインターホンを鳴らす。

インターホン越しのアニキ

アニキ「はい?」
楓「ゆずる、楓。」
アニキ「何?こんな時間に。」
楓「部屋が停電した。」
アニキ「停電?停電みたいしてへんで。」
楓「嘘。楓の部屋真っ暗やもん。急にバンッって電気消えた。」
アニキ「あ~~。ブレーカー落ちたんやわ。ブレーカーのスイッチONにしたら直ぐに点くで。」
楓「ブレーカーって何?」
アニキ「ブレーカー知らんのかい。玄関入って部屋の角の右上に、小っちゃい配電盤みたいなんあるやろ?」
楓「そんなん分からんもん。」
アニキ「ああ~、う~~ん。しゃーないなぁ…。行ったるわ。」

Tシャツに短パン。
こちらも風呂上がりってな様子のアニキ。

アニキ「ほな、部屋入らせてもらうで。」
楓「うん。」

スマホのフラッシュライトを明かりに、先頭アニキ、その後ろを楓が付いていく。

アニキ「これこれ。見とき。この蓋開けるやろ。そしたらこのOFFになったるスイッチをONにしたら点くって。」

パッと明かりが点く。

楓「ホンマや!点いたっ!」
アニキ「な。……って、しかし、汚いなぁ…。」

蛍光灯の下に晒される楓の部屋の惨憺たる有り様。

テーブルの上は、お菓子にDM葉書、何かのカタログ雑誌、Switchのゲームソフト。
諸々諸々で埋め尽くされている。

二人掛けのソファーには、洋服が積まれ、バスタオルやバッグ、クッション。
かろうじて一人座れるスペースが空いているだけ。

フローリングの床もフローリングなんだか畳なんだか、空いてるスペースがほぼ無い。

アニキ「何やねん、これ…。こんなん女の子の部屋ちゃうやろ。」
楓「え~、今日はたまたま。いっつもはもうちょっと綺麗なんやで。」
アニキ「たまたまでこんな散らからへんって。」
楓「明日片付けよう思っててんって。」
アニキ「そんな事無いやろ。家に居る時間長いねんから掃除する時間なんぼでもあるやろ。」
楓「ほやから、明日しよう思っててんって。」
アニキ「はいはい、そうですか。ほなもうええな。行くで。」
楓「ゆずる、お礼に何か飲んでく?」
アニキ「ええわ。こんな汚い部屋で飲むくらいなら、自分の部屋で飲むわ。」
楓「そんな汚い汚い言わんとってよ。」
アニキ「ホンマに汚いから言うてるねん。女の子なんやから、ちゃんと片付けた方がええで。」
楓「分かった、片付けるって。」
アニキ「ホンマやな。」
楓「ホンマ。」
アニキ「ほなな。」
楓「ありがとう、ゆずる。」
アニキ「もう寝いや。」
楓「うん、お休み。」

出て行くアニキを見送る楓。

「あ。あたしスッピンやん。」
「ええ~。むっちゃ恥ずいねんけど。」
「どうせなら化粧落とす前に入って来て欲しかったわ。」
「そやけど、あんな汚い汚い言わんでもええのに。」
「でも、ゆずる綺麗好きやもんな…。」

自分の部屋をしばらく見回していた楓。

意を決した様に、ソファーに掛かっていた洋服を畳み衣装ケースに入れ、散らかっていたゲームソフトもテレビの横のケースにまとめ……。

楓は夢中で片付け始めた。

引っ越ししてから、ほぼ初めてと言っていい、夜中の大掃除だった。

最後にドライヤーを洗面所に戻した時、髪の毛はすっかり乾いていた。

鏡に映った自分のスッピンの顔と目が合う。

達成感にWピースしてみせた。



つづく。