隣人のその先。その②【脳内アニキvol.17】

2020年9月○日

楓「ゆずる、お帰り。」
アニキ「あ~、ただいま。」
楓「9月やのに、むっちゃ暑いなぁ。」
アニキ「ホンマによ。もう汗が止まらん。」
楓「ほやからあたしの部屋で涼んで行きって。部屋の冷房効くまでこっちに居といたらええやん。」
アニキ「そんな女の子の独り暮らしの部屋に入れる訳無いやろ。」
楓「あたしなら全然平気やで。」
アニキ「ええって。ほんでなんぼ暑いって言うてもそんな肩も足も放り出した格好で男に声掛けたりしたらアカンで。あのお父さん泣くぞ。」
楓「だって暑いねんもん。それに男に声掛けてんちゃうやん。あたしはゆずるに声掛けてんねん。」
アニキ「あ~、そうですか。寝冷えせんときや。お休み。」
楓「お休み~。」

部屋のドアを開けるアニキ。

アニキ「ウワァ~、暑ぅ。」

アニキの部屋のドアが閉まるのを見ている楓。

楓「……。寝冷えって何?ゆずる時々おじいちゃんみたい事言うねんな~。ま、それも可愛いねんけど。」


2020年9月×日

楓「ゆずる、お帰り。」
アニキ「ただいま。」
楓「ゆずる、ちょっと待って。そんなハンディ扇風機たいして風来ーへんやろ。」
アニキ「無いよりマシや。」
楓「ちょっと待ってて。」

自分の部屋に戻って行く楓。
ハンディ扇風機片手に何故かそれをちゃんと待っていてあげるアニキ。

楓「痛。あれ?あ~届かへん。え~、届かへん。」
アニキ「何してんの?何してんの?」

もう一度楓の部屋のドアが開く。

楓「あたしの部屋から扇風機の風送ったら、ちょっとは汗引くんちゃうかなと思ったけど、コードが届かへんかった…。」
アニキ「ハハハ。何が何でも自分とこの冷房効いた風送りたいんや。」
楓「だっていっつも汗だくで帰って来るし。扇風機の風で汗引いたらちょっとマシになるかなと思って。ええ~。せっかく今日わざわざ扇風機買うて来たのにぃ~。」
アニキ「買うて来たんっ?」
楓「うん。ドンキが何処にあんのかもよう分からへんし、ホームセンターとか何処が近いか調べて、持って帰って来んの大変やった。」
アニキ「わざわざ買うて来んでも。なんか申し訳ないなぁ。」
楓「ゆずるの汗引いたらええのになって考えたら、絶対扇風機やと思ってんけどな…。」
アニキ「ありがとう。けど、ホンマに気にせんでええで。気持ちだけもうとくわ。それに申し訳ないけど、そんな靴が散らかってる玄関から風送られても、ちょっとキツいのよ。」
楓「え。あ、ゴメン。」
アニキ「ちゃんと玄関は片付けてな。玄関は綺麗にせなアカンで。」
楓「うん。分かった…。」


次の日

楓「ゆずる、お帰りっ!」
アニキ「ただいま。お~、何か今日勢いあんな。」
楓「じゃーーん!見てこれ!」

玄関のドアを大きく開けてみせる楓。
扇風機が鎮座して動いている。

楓「見て!今日延長コード買って来てん。」
アニキ「ガハハハ~。ホンマや。ちゃんと届いたるやん。あっ。ほんで玄関綺麗になったる。」
楓「そやねん。気付いてくれた?ちゃんと掃除してファブリーズして、ドライフラワーも飾ってみてん。」
アニキ「ガッハハハ~。ホンマやドライフラワー飾ったるやん。」
楓「これ買いに行くの大変やってんで。大阪やったら何処に行ったら何が売ったるかだいたい分かってるけど、こっち来てから買い物もそんなちゃんと行って無かったし、むっちゃ迷ってウロウロした。」
アニキ「ハハハ。そうなんや。」
楓「涼しい?なあ涼しい?」
アニキ「あ~、涼しい涼しい。なんかちらし寿司の酢飯になった気分やわ。それより自分大学どうしてんねんな?ちゃんと行ってるんかいな。」
楓「夏休み終わってから行ってる。けど、まだ友達見つけられて無いし、行くのむっちゃダルい。」
アニキ「あ~。そんな簡単に友達なんか見つからんやろ。まだ行き始めてほんな経ってないねんろ?」
楓「うん。」
アニキ「心配せんでもみんなも同じ気持ちなんちゃう?探り探りいうかな。」
楓「う~ん…。そうなんかな。話し掛けて嫌な顔されたら嫌やし、なんかバカにされてんちゃうかなって思えて来るって言うか…。」
アニキ「気にし過ぎやって。自分のその感じやったら、心配せんでもちゃんと友達出来るって。」
楓「マジ?」
アニキ「おお。どうもないって。」
楓「うん。なんかちょっと自信出て来た気がする。」
アニキ「ほら良かった。ほなな。ありがとう。」
楓「うん。元気でね。」
アニキ「ハハハ。元気やで。ほなな。はい、お休み。」
楓「お休み~。」

アニキに手を振ったその手で扇風機を抱きしめる楓。

楓「ちょっとぉ~嬉しいねんけど。延長コード買って来て良かったぁ。ゆずる涼しいって言ってくれた。ありがとう扇風機。あんたいい仕事するやん。翔に報告しよ。」

楓「翔?」
翔「姉ちゃん、どうしたん?」
楓「ふふふ~。」
翔「何?今日は何があったん?」
楓「涼しいって言ってくれた。」
翔「は?」
楓「毎日ゆずる汗だくで帰って来んねんか。」
翔「うん。ゆず兄異常な暑がりやしな。」
楓「ほやし、自分の部屋の冷房効くまであたしの部屋で涼んで行きって言うてるねんけどさ。」
翔「そんなん言うてるん。姉ちゃん言う事ホンマに昭和のオカンみたいなとこあるよな。」
楓「それでな。」
翔「無視かよ。」
楓「あの子照れ屋やんか。」
翔「あの子な。」
楓「入りって言うても全然やからな、あたしの部屋から扇風機で風送ってあげてん。」
翔「酢飯冷ましてるんちゃうねん。」
楓「それ、おんなじ事ゆずるも言うたっ!」
翔「ウソっ!ホンマ!ほらな。姉ちゃんなんかより僕の方が絶対ゆず兄の事分かってるねんて!」
楓「でもな、翔。」
翔「何やねん。」
楓「あんたは結局男やん。どんだけゆずるの事が分かってても、女にはなれへんねん。」
翔「姉ちゃん。何考えてんの?」
楓「考えてない。感じろや。」
翔「………………。」
楓「今あたし上手いこと言うたんちゃうん?」
翔「上手いってか、怖いわ。」
楓「〝女は考えるより感じろ〟これええやん。あたしの座右の銘にしよっ。」
翔「聞いてへんし。姉ちゃん、姉ちゃん。」
楓「そしたらな、翔。お子ちゃまは早よ寝いや。お休み~~。」
翔「姉ちゃんって!」

通話終了~~。

翔「あ~嫌や。なんか想像すんのも怖い…。」


つづく。