隣人のその先。その①【脳内アニキvol.16】

思いっ切り親の脛をかじり、東京の大学進学の為、大阪からアニキのマンションの隣の部屋に引っ越して来た楓。

これは、「ゆず兄」とアニキを崇拝してやまない熱烈ファンの弟と、元ヤン夫婦の大阪の両親まで巻き込んで一騒動あった後のお話。

☆ 【脳内アニキ 隣人。】シリーズを読んでおさらいしておく事をお勧めします。



2020年8月○日

仕事に出掛けようとドアを開けたアニキと同じタイミングで、隣の部屋のドアを開けて出て来る楓。

楓「ゆずる!おはよっ!」
アニキ「おおー。おはよう。」
楓「これから仕事行くん?」
アニキ「おお。仕事。ってか、自分いっつも俺がドア開けんのとおんなじタイミングで出て来るけど、何なん?壁に耳付けて音聞いてる訳?」
楓「うん。ドライヤーの音止まったら、もうそろそろかな~って。」
アニキ「怖いねんて。やってる事ほぼストーカーやねんて。」
楓「ストーカーやないもん。あたしはゆずるに行ってらっしゃいって挨拶したいだけやんか。」
アニキ「わざわざ挨拶しに出て来てくれんでもええねんて。ってか、自分大学どうしてんねんな。全然行ってへんちゃうん?」
楓「うん。ほら、あれよ。何やったっけ?リゾート?ちゃう。リクルート?ちゃう。」
アニキ「リモートな。」
楓「そうそう、それそれ。部屋でパソコンの前に座ってたらええねん。ほやし、ゆずるのお見送りするのには何の問題も無いねん。」
アニキ「あの前から言うてるやんか。年上の人の事呼び捨てにせん方がええで。」
楓「けど、ゆずるはゆずるやん。あ。そっか、他の呼び方の方がいい?」
アニキ「いや、そういう事や無いのよ。」
楓「ゆずるが嫌やったら…、あ、ゆずぽんは?ゆずぽん。ゆずぽん可愛いやん。」
アニキ「嫌やわっ。何やねんゆずぽんって。ホンマに鍋に使うゆずポンみたいやんけ。河井さんでええのよ、河井さんで。」
楓「ええ~~。嫌や~。そんなん水臭いやん。うちの親にも挨拶済ませた仲やのに。」
アニキ「挨拶してへんって!勝手になんかそっちに巻き込まれただけなんやって。」
楓「もう~、照れてからに。ゆずぽん可愛い~。」
アニキ「ゆずぽん言うなって。何やねんもう~~。ちょーもう行かなアカン。ほなな。」
楓「うん。ゆずぽん行ってらっしゃい。」
アニキ「はいはい。」

楓「ふふふ。ゆずぽん可愛いわぁ。なんでもっと早よゆずぽんの可愛いさに気付かへんかってんろ。あ。帰りの時間聞くの忘れたやん。」

コロナ禍の中、大学にも1回行ったきり、後はリモート授業だけの楓。

普通はアルバイトでも行くものだが、楓に甘々の父親竜一が、「東京でおかしな輩に絡まれたら大変や。バイトみたいせんでもええ。」と、充分な仕送りをしてくれている。

楓は結構お金持ちの家の子なのだ。


2020年8月×日

アニキが仕事から汗だくで帰って来る。

楓「ゆずぽん、お帰り~。」
アニキ「うわっ!びっくりしたっ!もう待ち伏せみたいやん。怖いねんて。止めてって。」
楓「ゆずぽんが帰って来るの待っててん。」
アニキ「待たんでええのよ。自分の好きな事しといてよ。」
楓「ほやから、自分の好きな事がゆずぽんをお出迎えする事なんやって。」
アニキ「何やねんそれ。ほんでゆずぽんやないねん。河井さんや。」
楓「あたしだけの呼び方やん。ゆずぽん嫌なん?」
アニキ「嫌。」
楓「ほな、ゆずる。」
アニキ「河井さん!ちょーもう部屋入らせて。汗だくやねんて。」
楓「今部屋入っても恐ろしく暑いで。あたしの部屋で涼んで行きよ。」
アニキ「いい、いい。」

声を掛け続ける楓を無視して、自分の部屋のドアを開けるアニキ。

アニキ「ウワぁ~、暑~~。蒸し風呂やんけ。」

バタン。

アニキに無視された形で取り残される楓。

楓「もうゆずる。全然遠慮せんでもええのに。汗だくやったやん。あたしの部屋冷房ガンガン効いてて涼しいのに。」

置いてけぼりを食った犬の様な気持ちで部屋に戻った楓。

スマホが鳴っている。

楓「もしもし、パパ?」
竜一「おう、楓。どや東京は暑いやろ?」
楓「う~ん。ずーっと部屋に居るしよう分からん。」
竜一「何処にも出掛けてへんのけ?」
楓「ほんなんコロナやし。大学も行かんでええし。むっちゃ暇。」
竜一「お盆ホンマに帰って来ーへんのけ?ほんなに暇にしてんのやったら帰って来いや。」
楓「う~~ん。帰っても友達と出掛けたりもあんま出来ひんし、東京から出るの控えて下さいって、そればっかテレビで言うてるし。やっぱ止めとく。」
竜一「なんや、寂しいのう。おう。あいつどうしとる?」
楓「ゆずる?ゆずるは毎日忙しそうにしてるわ。つい今汗だくで帰って来たで。」
竜一「あいつガリガリやさかいな。ちょっと精付けなアカンわ。おっしゃ、楓、お前んとこに河井の分も中元送ったるわ。届いたら持って行ったれ。」
楓「え?何あげんの?」
竜一「届いてからのお楽しみや。」
楓「うん、分かった。ゆずる喜ぶわ。」


2020年8月△日

楓「ゆずるお帰り~。」
アニキ「ああ、ただいま。」
楓「ふふふ。」
アニキ「何?」
楓「だって初めてただいまって言うてくれた。」
アニキ「あ。普通に言うてもうた。アカン。ペースに引きずり込まれてる。」
楓「今日はパパからのお中元渡そうと思って。」
アニキ「お中元?何で俺に?」
楓「ゆずる元気にしとるかって気にしてたで。」
アニキ「あ~、ありがとう。けど、そんなん気持ちだけでええで。お父さんから貰う理由無いし。」
楓「いや、もうここに持ってるし。」
アニキ「あ~、もうそしたらありがとう。貰っとくわ。」
楓「はい。」
アニキ「重っ。何これ?」
楓「開けてみて。」
アニキ「まだ部屋にも入ってへんねん。」
楓「開けてみて。」
アニキ「はいはい。」

荷物を置いて、部屋の前の廊下でビリビリと紙包みを破る羽目になったアニキ。

アニキ「うわっ。何やねんこれ~。お父さんギャグか何かのつもり?」
楓「何やったん?」
アニキ「マムシドリンク。」
楓「キっしょ!」
アニキ「こっちの台詞やわ。どういうつもりなんやろ?」
楓「なんか、あいつはガリガリやから、精付けなアカンって言うてた。」
アニキ「返してええかな?」
楓「アカンよ。貰ってくれな楓が怒られるやん。」
アニキ「娘の心配してたお父さんのやる事ちゃうのよ。」
楓「パパはもう今はゆずるの事むっちゃ応援してるで。」
アニキ「あ~そうなんや。」
楓「ちょいちょい〝あいつどうしとる?〟って電話来るもん。」
アニキ「ハハハ。心配してもうてるやん。」
楓「ほやし、それ飲んで精付けて。」
アニキ「精付けるの意味分かってる?仕事しかしてへんし、精付けてもしゃーないのよ。」
楓「その為のあたしやん。」
アニキ「意味分かって言うてんのかい。若い女の子がほんなん言わへんのよ。」
楓「あたしはいつでも準備OKやで。」
アニキ「もういい、もういい。ほなありがとう。お父さんにもうお気遣い無く言うといて。」
楓「ゆずる喜んでたって言うとく。」
アニキ「お気遣い無くや。」

部屋に入って行くアニキを見送る楓。

楓「ふふふ。ただいまって言うてくれた。マムシドリンクも何やかんや言うて受け取ってくれたし。これだいぶええ感じな事ない?」

部屋に入って翔に電話する楓。

楓「もしもし翔?」
翔「姉ちゃん、どうしたん?」
楓「ふふふふふふ。」
翔「何?ゆず兄と何かあったん?」
楓「あった。」
翔「ええっ!何があったん?」
楓「あんな…、ただいまって言うてくれてん。」
翔「え?何それ。」
楓「ほやし、ただいまって言うてくれてんて。」
翔「え~~と。今まで挨拶もしてもらえてへんかったって事?」
楓「なんかあの子照れ屋なんやんか。」
翔「あの子。」
楓「で、今日やっと言うてくれてん。」
翔「そうなんや。きっとゆず兄根負けしたんやな。」
楓「それでな、今日はゆずる一杯喋ってくれた。」
翔「へえ…。ゆず兄やっぱ優しいなぁ。ストーカーみたいな姉ちゃんともちゃんと喋ってくれんねんや。」
楓「それでパパにゆずるが凄い喜んでたって言うといて。」
翔「何?どゆこと?」
楓「ええから言うといて。ほなな。おつ~。」
翔「姉ちゃん、ちょっと。」

切れてしまったスマホを眺める翔。

翔「何やろこの胸騒ぎ。嫌な予感しかせえへんねんけど。」



つづく。



新年明けましておめでとうございます。

寝かしてたこのネタ。

再始動です。