隣人のその先。その⑥【脳内アニキvol.21】

2020年9月15日

吉本興業より正式にアインシュタイン河井ゆずるのコロナウィルス感染が発表された。

そしてこの事は、楓の大阪の実家や、竜一の会社の社員の知るところとなる。

亜希子「楓?」
楓「ママ?珍しい~。どうしたん?」
亜希子「どうしたんやないわ。あんた隣の河井ゆずる、コロナ陽性や無いの。」
楓「うん。そやねん。無茶苦茶心配。」
亜希子「何言うてんの。ゆずるの事やないわ。楓、あんたはどうなんよ?」
楓「楓は全然どうも無いで。」
亜希子「けど、喋ったりしてたんやろ?」
楓「うん。喋ったけど、ゆずるはいっつもどんな時でもちゃんとマスクしてたし。」
亜希子「ゆずるがマスクしてても、あんたはマスクなんかしてへんやろ?」
楓「してないけど…。」
亜希子「そんなん、あんたも感染してんのと違うの?」
楓「ええ~。多分大丈夫やって。」
亜希子「多分って何よっ。ちゃんと病院行って検査受けるかなんかせな。ほのまま放っといたらアカン。すぐ病院行きなさい。」
楓「ええ。でもそんなん何処の病院行ったらええの?楓、東京来てから病院なんか行った事無いもん。」
亜希子「こういうのは保健所から連絡あったりするもんちゃうの?ゆずるはあんたに何にも言うて来ーへんの?」
楓「多分、保健所から連絡行くと思うって言うてた。」
亜希子「ちょっと待ち。あんたそれいつ喋ったん?」
楓「昨日。」
亜希子「そんなもん、もうゆずる感染してるやないの!あんた伝染ったらどうすんのよ。何してんのっ。」
楓「直接喋ってないし。インターホン越しに喋っただけやもん。」
亜希子「もう…。あんたは考えが無さ過ぎるわ。」
竜一「おう、ちょー代われ。」
楓「パパ?」
竜一「楓、どやどーも無いんけ?」
楓「うん。大丈夫やで。」
竜一「ほんなもん、検査も受けてへんうちから分からんやんけ。」
楓「うん…。」
竜一「楓、パパが迎えに行ったる。お前大阪に帰って来い。」
楓「ええっ。」
竜一「東京みたいとこに大事な娘をやるんや無かったわ。ええさけ帰って来い。」
楓「嫌や。そんなん絶対嫌や。せっかくゆずるとも話出来る様になったのに。」
竜一「ほのゆずるから伝染されとんのやないけぇ、ボケッ!」
楓「まだ伝染ったかどうか、分からへんやん。それにゆずるは悪ない。いっつもどんな時でもちゃんとマスクしてたもん。楓が勝手に構って欲しくてチョロチョロして…。ほやし、ゆずるの事悪言わんとって。」
竜一「ええか、楓。よう聞け。わしはあのゆずるの事まだよう知らん。お前がゆずるゆずる言うさけ、多分ええ奴やろ思うてただけや。」
楓「ゆずるはホンマにええ奴やもん。」
竜一「お前に男の何が分かるんやッ。なあ楓。わしはお前が心配なんや。隣の芸人より、自分の娘の心配すんのは当たり前やろ。コロナがはびこったる東京みたいとこに置いとく訳にはいかん。ええさけ、帰って来い。」
楓「嫌や、絶対嫌。もういい。病院には行く。ちゃんと検査も受ける。ほれで陰性やったら文句無いやろ。」
竜一「ほういう事言うてんのとちゃうやろが、ボケッ。」
楓「ボケボケ言わんといてッ!」

亜希子「ちょっとパパ、何言うてんの。」

楓と竜一の会話を聞いていた亜希子が竜一に食ってかかっている。

亜希子「今パパが東京なんかに行ったらアカンやん。もしパパがコロナに感染したらどうすんのよ。会社どうするつもり?」
竜一「会社みたいどうでもなる。楓の方が大事やろがっ。」
亜希子「どうでもなるって何よ?コロナ自粛の時からようやっとちょっとずつ盛り返して来たのに、パパがこんな時に東京行って、もしなんかあったらどうすんの?パパ一人の会社ちゃうねんで。」
竜一「ほんな事お前に言われんでも分かったるわッ!ほやけど今は娘の非常事態やろがっ。」

竜一と亜希子が揉め出し、スマホを持ったままずーっと放っておかれる楓。

翔「姉ちゃん。」
楓「翔?」
翔「アカン。二人共スマホそっちのけでやり出したわ。ちょっと一旦切るで。」
楓「翔。ゆずるはホンマに悪ないんよ。」
翔「分かってる。ほやけど、ホンマに姉ちゃんもちゃんと検査受けてな。」
楓「うん。」
翔「ほなな。」
楓「うん。」

竜一や亜希子と電話で話してから、急に不安になる楓。

「え…、どうしよ。病院って何処行ったらいいんやろ…。」

その後、保健所から楓に連絡が入り、楓は指定された病院で検査を受ける事になった。

「他の方との接触は出来る限り避けて下さい。念の為自宅からも出ない様に。」

保健所の指導は、昨日まで全然大丈夫と思っていた楓を、急に不安にさせた。

大学には一応連絡を入れた。
電話の向こうで一瞬相手が固まった気がした。

「結果が分かったら直ぐに連絡を入れて下さい。」

もし、もし、陽性やったら、大学どうなるんやろ…。

たまらなく不安で、大学でやっと出来た奈良出身の友達、詩織に電話しようとして止めた。

何て言おう。

隣にゆずるが住んでる事も、詩織には言って無い。

東京に越して来て、マンションの隣に住む男の人と喋ってそれで感染したかも知れない。
そう聞いて、詩織はどう思うだろう。

奈良の実家に出来るだけ負担を掛けたく無いと、バイトを二つ掛け持ちしてる詩織。

楓が話す大阪時代のバカ話を、ケラケラ笑いながら聞いてくれる詩織。

あたしもそんな高校生活送りたかったと、羨ましがってくれる詩織。

もし、もし、コロナに感染してしまってたら、詩織は何て言うだろう。

今まで通りに接してくれるだろうか。

病院で一人で待っている間、不安で不安で泣きそうになって来る。

「ゆずるに電話しようかな…。」

スマホのアニキの電話番号をじっと見つめながら、考えている時、「真田さん。」名前を呼ばれた。

「はい。」

スマホをバッグにしまって、立ち上がる。

「大丈夫。あたしは河内の死神と岸和田のメドゥーサの娘なんやし。そんな簡単に感染したりせえへん。」

検査が始まった。

自分の気持ちの強さを試されてるみたいだった。


つづく。