隣人。その7 《脳内アニキVol.13》

ここは竜一の会社。
真田設備。

10代で『河内の死神』の異名がつく程の超絶ヤンキーだった竜一は、〝更生したヤンキーは、一般人よりよっぽど本気で働く〟を地で行くなかなか男気溢れる元ヤンなんである。

高校中退して設備会社にバイトから入り、その会社の社長を師匠と仰ぎ、本気で仕事に打ち込んで、29歳で独立。

今や従業員4人を束ねる一端の社長さんなんである。

梅本(従業員。29歳)「あれ?社長おはようございます。なんか今日早いですね?」
竜一「おう。わし明日東京行くさかいな。留守にするど。」
桜井(従業員。26歳)「東京?なんすか?」
竜一「ちょっと楓のマンションの様子見に行って来るわ。」
和田(事務員。40歳。独身)「楓ちゃん、やっと東京にマンション借りやったんですよね?」
竜一「おう。ほれがよ、隣がチャラチャラした芸人なんやんけ。ちょっとわしが行って一発かましたらなアカンな、思てよ。」
中村(従業員。45歳。竜一の同級生。)「芸人?誰や?」
竜一「アインシュタインの河井。お前知ってるけ?」
桜井「ええっ!アインシュタイン?マジで?」
梅本「スゲェ。」
和田「ええーーっ!凄いっ!ホンマにですか?」
竜一「なんや、和田ちゃんファンなんか?」
和田「や、別にファンちゃいますけど。けど、凄いやないですかぁ~。いいなぁ楓ちゃん。あたしも社長と一緒に楓ちゃんのマンションに連れてってもらおかな。」
竜一「なんやほんなに凄い奴なんけ?わしあんまりテレビ見んさかい、よー分からんねんけどよ。」
桜井「今むっちゃ人気ありますよ。」
竜一「桜井、お前よう知ってるんけ?」
桜井「いや、俺もちょいちょいテレビで見るだけで、ほんな詳しいは知りませんけど。」
梅本「社長気になるんやったら調べましょか?今何でもスマホに情報上がってるし。」
竜一「おう。見てくれ。」

みんなが梅本のスマホに顔寄せて集まる形になる。

梅本「アインシュタイン河井ゆずる。ニックネーム、首絞め王子。」
竜一「首絞め王子?何やほれ?」
桜井「ほんなん初めて聞いたわ。」
梅本「何やろ?え~~と。来歴で調べたらええんか。あった。〝性行為の最中に女性の首を絞めたり、噛み付くという性癖がある〟やて!」
和田「ええっ。ドン引き。」
竜一「首絞める?噛み付くやと?ほんな奴が隣なんけ?アホたれーッ!楓になんかしくさってみぃ。わしがコイツの首絞めたるわッ!」
中村「えらいこっちゃやんけ。」
梅本「けど、ウィキペディアやさかい、こんなんあんまり当てになりませんよ。」
桜井「ほやけど、全くの嘘は載ってへんのちゃいます?ネタかなんかで、どっかで喋りよったんやて。」
和田「え~~。それって元カノの〝あたし、アインシュタイン河井ゆずるに首絞められました〟とか暴露記事が出たってパターン?」
竜一「ほれやったらホンマにヤバい奴やんけッ!」
中村「けど、捕まらんとテレビで仕事しとる言うことは未遂で終わった言う事違うんか?」
梅本「いやいや、ほんな事件みたいな事ちゃいますって。ネタかなんかで、面白可笑しい喋った事が載ったんですって。」
和田「けど、全くの嘘や無いやろ?一回はやった事があるさかい載ってんのやろ?なんかイメージ変わったわ、あたし。楓ちゃんも気い付けた方がええんちゃいます?」
竜一「おう、もっかいちゃんと顔見せぇ。」

スマホでアニキの宣材写真を見せる梅本。

竜一「こんなチャラチャラしくさって。コイツわしと五つしか変わらんのやど。」
桜井「ええっ!河井って50なん?」
梅本「何でやねんっ!40やろ。」
中村「けど、40には見えんなぁ。」
和田「テレビでいっつもイケメン芸人って紹介されてるもん。」
竜一「イケメンみたい関係あるかぁッ!女の首絞めようるような奴、ろくな奴ちゃうわッ!ちょー、わし。明日行くつもりしてたけど、もうこれから帰って行って来るわ。中村、後頼んだど。」
中村「おう。まあ今社長が出張らなアカン様な仕事は無いさかい、なんとかなるやろ。」
和田「社長、奥さんも今楓ちゃんとこ行ってはるんでしょ?」
竜一「ほうよ。」
和田「気ぃ付けた方がええですよ。奥さん色っぽいから。」
竜一「アホな事言うてなッ!」
和田「冗談ですって。」
竜一「冗談でもしょーもない事言うなッ!」
和田「すみませーん。」

頭に血が上って、カッカし出した竜一。
従業員みんな目配せをする。

中村「社長、落ち着いてや。」
梅本「そうですよ。こんなん本気にせん方がええですよ。」
竜一「ホンマの事やったらどうすんねんッ!楓がトイレに連れ込まれて首絞められるかもしれんねんどッ!」
桜井「いや、それ渡部やし。」

「パシッ。」梅本に頭シバかれる桜井。

梅本「社長、ウィキペディアの続きに〝美魔女生活を送ることで自らも熟年女性の心を理解したようで〟って書いてますよ。あいつ楓ちゃんみたいな若い子興味無いんちゃいます?」
桜井「熟女好き芸人や。」
和田「それやったら、やっぱり奥さんの方が危ないやん。」
竜一「もうええッ!わし帰るどッ!あとしっかりやっとけよッ!」

ただ会社に顔出しただけで、何の仕事もせず、血相変えて出て行く竜一。

中村「和田ちゃん、あんな風に社長焚き付けたらアカンがな。」
和田「まさかアインシュタインの河井が首絞め王子やなんて、知らんかったんですもん。なんかびっくりしてしもて。」
梅本「そうっすよ。社長、楓ちゃん楓ちゃん言うてるけど、あれ、ホンマは奥さんが心配なんですよ。」
桜井「前一回ヤバかったっすもんね。マジで警察沙汰になりかけたもん。」
中村「社長は奥さんに惚れて惚れて、口説いて口説いて最後は泣き落としで一緒になってもらいよってん。」
三人「へぇ~~。」
中村「もう亜希子ちゃんの事になったら、見境無くなるさかいな。ちょっと心配やわ。頭に血が上って暴力沙汰起こしよらへんやろな。」
梅本「ええ。怖い事言わんといて下さいよ。俺仕事失うの嫌ですよ。」
和田「後は翔君に止めてもらうしか無いんちゃう?あの家は翔君が一番まともやもん。」
梅本「まとも言うてもまだ中学生ですやん。何年生でしたっけ?」
中村「中3。受験や。」
桜井「頭に血が上った社長は、中3の息子では止められんって。」
中村「ここは師匠の出番か。」
桜井「師匠?」
中村「お前あんまり知らんか?わしと社長が独立する前ずっと働いてた会社の社長。仕事のノウハウ全部叩き込んでもろてん。竜一は仕事は出来るけど、あいつは喧嘩っ早いさかいお前も一緒に行ったれ言うて、俺も出してもろたんや。」
和田「社長も師匠の言う事は全部聞かはるで。」
梅本「ちょー、ホンマに念の為に電話しといた方がええんちゃいます?上手い事言うて、仕事頼んでもらうとか。」
中村「そやな。わし、ちょっと電話して来るわ。」
梅本「頼んます。」

中村から竜一の師匠でもある織田設備の社長、織田寛二に電話を入れ、事の成り行きを説明。

中村「師匠、上手い事やったるてよ。仕事手伝うてくれ言うて電話したるって。」
梅本「良かった~。」
桜井「けど、社長ずっと我慢出来ますかね?今日行くのは止めてもいずれいちゃもん付けに行くんちゃいます?」
中村「いちゃもんてお前、ヤクザみたいな言い方すなや。」
桜井「キレた時の社長、ほぼヤクザですやん。」
和田「ほぼヤクザちゃうで。元ヤクザ。」
中村「ヤクザちゃうわ。ヤクザになる一歩手前で更生しよってん。」
和田「それも師匠が面倒見たらったんでしょ?」
中村「おう。もうホンマに師匠には竜一は頭上がらんのよ。」

従業員達の心配をよそに、自宅に向かう竜一。


つづく。