切ない元エース

この前、あたしと高校時代の演劇部の同級生Kちゃん、一年後輩のTちゃん、野球部のエースだったS君の4人でご飯を食べた。

Kちゃんは離婚してシングルマザーになってからも、一生懸命働いて二人の娘さんを育てた。
今度下の娘さんが結婚すると言う。
Tちゃんは、結婚が遅かったので、下の息子さんはまだ中学生。
そして、元野球部のエースだったS君も離婚して、今大学生になった娘さんは奥さんと一緒に暮らしていると言う。

みんなそれぞれ色々ある。
あたし一人呑気に暮らしてるみたいで、なんか申し訳ない気持ちになった。

しかしS君の話が凄かった。

もう離婚して何年にもなるけど、可愛くて仕方ない娘さんとは、月に一度くらいのペースで会っている。
lineで「この日どうや?」と送ると
「その日はアカン。バイト。」とか返事が来る。
「じゃあこの日は?」と送ると
「その日も無理。」ってな具合らしい。
決して娘さんから「この日なら大丈夫なんやけど…。」とは返って来ない。
もうこの時点で切なかった。

S君「誕生日とかクリスマスとか、何が欲しいってlineで聞くやん。」
全員「うん。」
S君「ほしたら、これが欲しいって、ネットのサイトの写真が貼り付けて来るねん。」
全員「うん…。」
S君「ほんでほれを注文して、届け先を嫁の家にして送るねん。」
全員「えーっ!会わへんの?」
S君「会わへんねん。」
Tちゃん「それ、余りに切な過ぎませんか?」
S君「ええねん。嫌われるくらいやったら、欲しいもんは何でも買うたりたいねん。」
全員「……。」
あたし「奥さんとはもう全然連絡取ってへんの?」
S君「金が要る時だけ連絡来るわ。」
全員「はぁ~。」
S君「けど、女の人は凄いわ。離婚する前、家庭内別居みたいなもんやってんけどよ。」
全員「うん。」
S君「ある日仕事から帰ったら、家具から何から何まで、全部無くなっててん。」
全員「えーっ!」
S君「結婚してから二人で揃えた家具は勿論、あれは俺が金出して買うた物やで。いうもんまで一切合切持って行かれてん。」
あたし「マジで?」
S君「ほんでな、俺の下着ばっかり入れてた小さい引き出しみたいな家具だけは残ったったわ。」
全員「ははは……。」
S君「ほんでな、床にな、ご飯茶碗と箸だけ置いたってん。」
全員「えーーっ!!」

あたし「犬やんっ! 扱い、犬やんっ!一緒に住んでた思ってたんはS君だけで、飼われてたいう事?」

ハッ?! しまった!
あんまりびっくりして、傷口にゴリゴリに塩塗り込んでしもた。

S君「ほんまによ。びっくりするやろ。俺その晩、メシ喰おう思っても、ポットはあらへんし、テーブルはあらへんし、コンビニに弁当買いに行って、床に座って喰うたわ。」
Tちゃん「S先輩…。(涙目)」
Kちゃん「それってな、そしたら全部S君の居てない間に、準備してたいうことやんな?」
S君「ほういう事やわな。」
あたし「凄いな!運送業者から何から何まで手配してはったいうことやわな。」
S君「女の人は凄いわ…。」

ひゃー、ほんな事ある?
スゲーな、奥さん。
なんぼ家庭内別居状態やったとしても、一言もS君にはいつ出て行くとも相談せず、たった一日で全部運び出すって。
こんなドラマみたいな事、実際にあるねんな。

S君はあたし達に何で離婚に至ったかを、なんとなく価値観の相違みたいな事かな…。と言ってたけど、実は浮気したんちゃうかとあたしは睨んでる。

高校時代、野球部のエースのくせに、野球部内の恋愛禁止の規則を破り、なんとマネージャーと付き合ってたS君。
勿論バレて、監督から謹慎を言い渡されたにも関わらず、別れなかったS君。
あたしの当時よく一緒に居てた友達(この子も凄い恋愛体質やった)とやたらイチャイチャして、焼き餅焼きのマネージャーさん(旧姓忘れた)と揉めて、危うくあたしまで巻き込まれるとこやった。
当時野球部はその事でゴチャゴチャしてた。
こういうのは、治らんと思うのよね。

しかし、S君が当時のマネージャーさんとずっと付き合ってて、そのまま結婚したなら、S君はあのシンクロナイズドスイミング日本代表の大エース 乾友紀子さんのパパだったかもしれないのだ。

乾友紀子さんのあの綺麗な真っ直ぐな長い足は、完璧にお母さん譲り。
元マネージャーさんは、背はそんなに高くなかったけど、真っ直ぐな長い足の持ち主だった。
でもS君がパパなら、あの日本人離れした見事なスタイルの乾友紀子さんは、やっぱり生まれて来なかった。
だって、高校時代もガッチリ骨太で大きなお尻のピッチャーだったS君は、何年かに一度会う度に、倍倍倍のペースで大きくなり続け、今やゆうに100キロ超えなんやから。
この頃は会う度に、
「ちょっと本気で痩せいや~。その内糖尿病とか痛風とかになんで!」と言っている。
それでもちょっとずつ膨張していってるんやから。

あたし達が高校3年生だった甲子園への地区予選。
我が母校の野球部は、優勝候補の筆頭ではなかったけれど、順当に行けばベスト4は固く、優勝も決して夢ではないと言われていた。
でも蓋を開けてみると、あっけなく2回戦で敗れてしまった。
野球部の最後の夏の戦いを、彦根総合グランドの野球場のスタンドで応援してたあたしは、人目もはばからず泣きじゃくっていたS君と、元マネージャーさんの姿をはっきり覚えている。

あの二人の人生が交わる事無く、えらく大きな差がついてしまったと思うのは、S君にちょっと酷かな。

S君。
大切な娘さんの為にも、ホンマにちょっと痩せいな。