「ああ、胡暮ちゃん」

胡暮ちゃんの鳴き声がもう聞こえない。

野良猫が屋根裏部屋で子育てを始めて、か細い鳴き声と共に現れた子猫
胡暮ちゃん。
三日ほど面倒見た後、親猫に連れられて何処かに行ってしまったのが5月16日。

「ミャー、ミャー…。」とか細く鳴いて、ヨチヨチと歩く胡暮ちゃんが居なくなって、心にぽっかり穴が空いてしまった。
毎日に張りが無い。
もしかしたらまた帰って来るかもしれないと、小さな哺乳瓶はまだ置いてある。

それが1週間程経った夜、お風呂から上がって洗面所で髪の毛を拭いていた時。
聞こえたのだ。
「ミャー、ミャー…。」と。
か細い鳴き声が。

「胡暮ちゃん?」「胡暮ちゃん!」
髪の毛乾かすのもそこそこに、懐中電灯ひっ捕まえて表に飛び出す。
が、しかし。
表に出てから気が付いた。
お風呂上がりという事は、コンタクトレンズ外してるのだ、あたし。
見えん。
しかも暗闇。
なんぼ懐中電灯で照らした所で見えん。
ダッシュで2階の寝室に駆け込んで眼鏡を手に取る。
そして、眼鏡を掛けてふと姿見に映った自分の姿を見て足が止まる。
髪の毛ドボドボ、タンクトップのインナーに下はスウェット。
「………なんぼなんでもこれは無いな。」
せめて上に何か羽織らねば。
部屋を見回す。
パジャマは洗濯かごに入れて無い。
パーカー何処やったっけ?
う~、見当たらん。
早よせな、胡暮ちゃんがどっか行ってしまう。
もうこれでええわ。
椅子に掛けてあったエプロンを被りながら、下に駆け降りる。
再び懐中電灯を持って外へ。

「胡暮ちゃん?胡暮ちゃん!何処に居てるの?」
声がした方に行ってみる。
見つからない。
そしてもう声がしない。
元々胡暮ちゃんは連続であまり鳴かない。
体力が無いからなのか、思い出した様に「ミャー、ミャー…。」と鳴いて黙ってしまうのだ。

室外機の下、植木鉢の裏、車の下。
胡暮ちゃんが居そうな所を探し回る。
でも見つからない。
絶対に胡暮ちゃんの鳴き声やったのに…。

仕方なく洗面所に戻る。
そして鏡に映った自分を見る。
濡れた髪の毛が顔に張り付いて、眼鏡は曇り、スウェットの上に割烹着。
じゃりン子チエに出て来る昭和のオバチャンやがな。

絶対胡暮ちゃんの鳴き声やったのに…。
ベッドに入ってもずっと胡暮ちゃんの事を考えてた。
そして夜中に御手洗に起きて…、また聞こえたのだ。
「ミャー、ミャー…。」
「胡暮ちゃん!やっぱり胡暮ちゃんや!」
再び懐中電灯をひっ捕まえて表に飛び出す。
ここか?あっちか?
何処に居てるの?
屋根裏部屋から聞こえてるの…?
時々確かに「ミャー、ミャー…。」と聞こえるのに、どうしても見つけられない。
脚立を出して来てトイレの上の屋根を覗いて見る。
屋根の隙間から顔を覗かせてないか、懐中電灯で照らして見る。

見つけられない。

そうこうしているうちに鳴き声が止んでしまった。
これを2、3日繰り返した。

お母さんは耳が遠くて、胡暮ちゃんのか細い鳴き声は聞こえない。
あたしが子猫の鳴き声がした。と言うと、「何処に?」と言って、あたしと同じ様に探しに表に出て行く。

母娘の気持ちを虜にしてしまった胡暮ちゃん。

家に居た三日間、
毎日目ヤニを濡らしたタオルで拭いてやらないと目が開かなかった胡暮ちゃん。 
ミルクを入れてあげたシーチキンの空き缶を、前足で踏んでひっくり返してしまった胡暮ちゃん。
身体を拭こうとして、前足を上げたらバランスが取れなくてコロンと転んでしまう胡暮ちゃん。
プチプチの緩衝材の上に古タオル敷いて、ベッドを作ってあげたのに、頭だけ乗っけて身体は冷たい土間の上で寝てしまう胡暮ちゃん。
抱き上げて哺乳瓶で水を飲ませてあげようとするのに、口を開けてくれなかった胡暮ちゃん。
全然母猫に構ってもらえなかったのに、勝手口の端っこで家の外に向かって「ミャー、ミャー。」って鳴き続けてた胡暮ちゃん。

でも、もうそのか細い鳴き声が聞こえない。

急に暑くなった土曜日から聞こえなくなってしまった。
この季節外れの猛暑に、きっと胡暮ちゃんの体力は保たなかったのだ。

あの時、母猫に返さずにお医者さんに診てもらって、点滴してもらって、飼ってあげれば良かった。

あたしが救ってあげれた小さな命。

テレビから猫の鳴き声がすると、「ハッ。」となって、思わず周りを見てしまう。

胡暮ちゃん。
何処で鳴いてたの?
助けてあげれなくてごめんね。

ごめんね。

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