常連客 Mさん 。

今の職場で働いて16年。
今の場所に移転、新規オープンして確か11年。
お店にはほぼ毎日やって来る常連さんが何人も居る。

その内の一人、M さん。

毎日2、3回やって来て、アダルトのDVD を借りて行く。
しかも、「えっ?さっき来たとこやん。もう見たん?」みたいなペースで来てくれたりするのだ。

最初の頃は、
「家帰ってDVD 見て、ほんですぐまたやって来て別の借りて、どんだけ暇やねん。」
「ちゃんと見てるか?早送りしてるんちゃうか?」
「借りては見たけど、好みの女優さんやなかったんか?」
謎の行動に疑問だらけで、いつの間にかあたし達スタッフは、その常連さんをフルネームで呼ぶようになった。
(普通は名字で呼ぶ。)

悪い人ではない。
お店からしたら、それだけ足繁く通って利用して頂いてるのだから、有り難いお客さんになる。
普通は。

でもM さん は、良く言えば寂しがり屋。
悪く言えば、面倒くさい人なのだ。

新規オープンして何か月か経って、
「あ、この人はDVDを 借りたい訳ではなく、あたし達スタッフと話したいんやな。」という結論に達した。

①「僕これ借りた事あるかな?」
②「今日借りたらいつまで借りられるの?」
③「これ見るのに何分かかる?」
こういう系統の質問を、スタッフを捕まえては繰り出して来る。

こちらが暇ならいい。
でも忙しくててんてこ舞いしてる時でもお構いなしなので、段々〝迷惑な客〟にM さん は位置付けされて行った。

それでもうちのスタッフは、比較的みんな優しいので、上記①②③の質問に答えるのもこんな感じだ。

①「履歴をお調べするので、会員カード拝見出来ますか?」
②「〇月〇日です。」
③「収録時間は外ケースに記載されてます。」

至極まとも。
これぐらいの事、別に答えるのに何の問題も無い…と、思うだろう普通は。

ただこのM さん 。
質問する相手を選ぶのだ。

こう何回も何回も繰り返し当たり前の事を聞かれると、スタッフ側もM さん に対する態度が段々ぞんざいになって来る。
ベテランスタッフ程、必要最低限の答しか返さない。
そこでM さん は、新人で若くて当たりが柔らかい女の子のスタッフを選んで、こういう質問を繰り返すようになった。

半年くらい経過した時、このままではらちが空かないと感じたあたしは、M さん に 対して強めに出た。

①「僕これ借りた事あるかな?」
「カード見せて下さい。調べます。」
(注)無表情で。M さん の目をジッと見ながら。
②「今日借りたらいつまで借りられるの?」
「旧作は一週間です。もう覚えましょう。」
③「これ見るのに何分かかる?」
「そんなもん、個人によりますっ!」

以来、M さん はあたしには二度と質問して来なくなった。

ま、あたしは楽になったので、何の問題も無い。
が、しかし、よっぽど怖かったのか、M さんは あたししかレジに入ってない時は、レジに近付かなくなってしまった。
そして、なんだか微調整するようになったのだ。

お客さんが多い時は、3カ所のレジを開けて対応している。
メインレジは、余り裏方の作業がまだ出来ない新人スタッフが担当する。
2番レジはレンタル担当の先輩スタッフ。
あたしはほぼ3番レジ。

M さん 。
レジカウンターの向かいの什器の陰から、新人スタッフのメインレジが空いた瞬間を狙って並ぶようになってしまった。

ま、別にええねんけど。
新人スタッフも何事も経験やし。
あたしは楽になったし。

けど、今日。
「そこまでかよ!」と思う行動にM さんは 出た。

今日はチラシセールのおかげで、お客さんが凄く多かった。
レジは3カ所開放。
お客さんは順番待ちで並んでいる。
Mさんも居た。
そしてMさんの番。
あたしの入ってる3番レジが空いた。
Mさんあたしの前へ。
レンタルするDVDを差し出した。
心の声「あれ?一枚?もう一枚持ってなかったか?」
レジ終了。
Mさん什器の陰へ。
只今当店イチオシの笑顔の可愛い、背の高いスラッとした、無茶苦茶愛想のいい新人スタッフNちゃんが入っているメインレジが空いた。
Mさん、サッとメインレジへ。
心の声「うわっ。やっぱりもう一枚持ってたんや。」
Mさん「僕これ借りた事あるかな?」
Nちゃん「(笑顔で)お調べしますね。」
Mさん「ありがとう。」

…………。
M さん よ。
そんなにあたし怖かったか?
持って来た2枚の内、1枚だけをあたしにレジしてもらって、わざわざ並び直してN ちゃんにレジしてもらう程、そんなにあたし怖かったか?

ちょっと反省した。

阪神は今日も中日に負けた。
なんと3タテくらって、6連敗。
借金5。
シャレにならん。
気持ちの隅っこがどんより沼にはまったみたいで、ずーんとする。

それでも、もうちょっと、もうちょっと、頑張って笑顔で接客しよ。

什器の陰でメインレジが空くのを待つM さん の姿を見ながら、あたしは心に誓った。