ノリノリ母さん
わが家に中古の軽自動車がやって来た。
お母さんが…
お母さんが………
お母さんが自分で買ったっ!
あれは去年の年末。
仕事から帰ったあたしに、おこたで横になりながらお母さんがこう言った。
「お母さん車買うたでな。」
「はぁ??」
こっからお母さんのスイッチが入って、半ギレ状態になる。
あたし「何?どういう事?」
お母さん「あんなもん軽トラみたいみっともない、乗ってられるかいなっ!お母さんのお金で買うたのよ。」
あたし「何処で買うたんよ?」
お母さん「お母さんのお金で買うにゃで、お前が文句言う事ならんほんっ!」
去年、あたしのお古の赤のパッソを乗ってたお母さんが、能登川まで行った帰り、走行中に路肩に寄り過ぎて、ドアミラーが木っ端微塵に吹っ飛ぶという自損事故をやらかした。
飛んだドアミラーが助手席のガラスを突き破って車内がガラスの破片まみれになった挙げ句、助手席側のボディもベコベコにへっこむ。
と、とんでもなく恐ろしい状態で帰って来た。
修理に恐ろしくお金もかかるし、廃車にして、これがきっかけで遠出は止め、ミッションの軽トラで八日市に買い物に行く程度に自重する………。
となったはずだった。
でもあたしはこの時、秘かにこう思ってたのだ。
『お母さんの事やし、今は懲りて大人しくしてるけど、絶対その内軽トラみたいみっともないでかなんって言い出すぞ。』
その時がやって来たのだ。
想定よりだいぶ早かったが。
よくよく聞くと、まだ軽自動車は買った訳では無かった。
いつもお世話になってる町内の薄い親戚の人が一人でやってる車屋さんに、中古の軽自動車を買うから探して来て欲しいと頼んだ段階だった。
ア~ア~。
まだ今なら車も来て無い。
断る事も出来る。
そう思うでしょ??
でも、もうこうなったらお母さんはあたしの言う事なんて、絶対に聞かない。
意地でも買う。
お姉ちゃん達に話すと、
「何それッ!アカンってッ!もう免許返上したらって言うてたやんっ!」
と返って来た。
そりゃそうですわな。
そう思いますわな。
でも、そんな素直に行く訳が無いと53年間一緒に暮らして来たあたしは思ってたのだ。
『いつか絶対「軽トラなんて格好悪い。かなん。」って言い出す…。』
もうお母さんも83歳だ。
軽トラで何がみっともないのか。
みんな近所の人も軽トラで出掛けてはるやん。
そうは思うのだけど、そうは思わないのがお母さんなのだ。
「毎日毎日軽トラに乗ってるお母さんの惨めな気持ちがお前に分かるかっ!」
「美容室行っても、みっともないさかい駐車場に停められんと、離れたとこに停めてんにゃぞ。」
「あんな野良行きの軽トラで出掛けられるかいねっ!」
「誰もそんなお母さんに注目してないって。」
「軽トラに乗ってるお年寄りなんて一杯居てやるやん。」
こういうやり取りをパッソを譲る前にも散々した。
デジャヴ??
もう喋っても喧嘩になるだけなので、今回はあたしからはあんまり何も言わなかった。
怖いけど。
でも、
「お前が好き勝手に出来るのも、お母さんが元気で家の事してたるさかいや。感謝しやいっ。」
と言われると
「おっしゃる通りです。」
としか言えない。
このお母さんの『他人からみっともないと思われたく無い』って気持ちは、お母さんをある意味支えてる。
何処に出掛けるのも、上手か下手かは別にして、きちんとドライヤーを使って髪を整え、お化粧して、よそ行きの服に着替えて出掛ける。
白髪染めだって、洗面台を白髪染め液で汚しまくりながら、自分で染めている。
なんせ近江八幡の病院に入院中、寒がりで夜中にトイレに何回も起きて寝られないと言うお母さんに、家で使ってるボアのシーツを持って行ってあげようとしたあたしに
「あんなみっともないもんかなん。看護師さんに笑われる。」
と、断固として拒否。
わずか5日間程の入院に、
「パジャマの新しいの買って持って来て。」
「靴下の替えが無いで持って来て。」
等など等など等など…。
仕事行く前に、仕事帰ってから、毎日毎日日参した。
それが
「お母さん、元気やなぁ。ホンマに元気やわぁ。」
と、色んな人から言ってもらえるパワーの秘訣みたいなものなのだと思う。
老人扱いしてあげるのは、失礼な事なのだ。
きっと。
いや、でもな。
である。
結局、自賠責や任意保険の手続きや何やかやもあたしがしてあげて、日曜日に納車の運びになったのだ。
この軽自動車。
生意気にもカーナビが付いている。
200%操作が出来ないお母さんの所有車には勿体ない。
車屋さんが中古車の展示会に足運んだり、色々尽力してもらって、整備して納めてくれた。
もう後には引けん。
『絶対に絶対に他の人を乗せない。』
『夜は運転しない。』
『遠出はダメ。八日市市内までしか運転しない。』
これを絶対条件に固く約束してもらった。
もう既に乗り乗り(ノリノリ)のお母さん。
あたしが一緒に横に乗って、練習してからと思ってたのに、とっくにあちこちに乗って行ってた。
😨😨😨
そして、新しい車検証を見て昨日お母さんがこう言った。
「燃料ガソリンて書いたるけど、お母さんがいっつも入れてるのはレギュラーやで。また別のとこまで入れに行かなアカンのけ?」
「レギュラーってガソリンの事。」
「今までと一緒よ。」
「ふぅ~ん。ほうけ。」
旧八日市市民の皆さん。
あたしは恐ろしい高齢ドライバーを世に放ってしまったかもしれません。
「避けて下さい。」