健康番組に翻弄されまくる母

「真理ちゃん(うちのお母さんは、53歳独身の三女の事をちゃん付けで呼ぶ)今度買い物行ったら、これ買うて来て。」

そう言って見せられたのが、蜂蜜入りヨーグルト。

「昨日テレビで言うてやったわ。やっぱり免疫力を高めなアカンにゃわ。ヨーグルトもええし、蜂蜜もええにゃて。」

それで、ヨーグルトと蜂蜜をドッキングさせた訳ね。

うちのお母さんは、やる事なす事粗けないのに、とっても心配症。

生活圏内でコロナウィルスに感染した人が出たと聞いてから、外出を控えている。

83歳の選択は正しい。

あたし自身も、「買い物はあたしが行くから、欲しい物があったら言うて。」と言い聞かせている。

そこで出て来た冒頭の頼み事。

健康番組花盛りの昨今。
情報番組の中のコーナーでも、やれ何が美容にいいとか、身体にいいとやっている。

うちのお母さんは、それらを見る度に無茶苦茶影響されまくる。

あれが身体にいい、これが血液をサラサラにする…、とかなんとかかんとか言いながら、取り上げられた食材を買って来るのだ。

今までお母さんが影響された過去のラインナップ。
(何に効くのか、さっぱり忘れた。多分お母さんも覚えて無い。)

⚪︎玉ねぎ(家になんぼでもあるので買う必要はなかった。)
⚪︎納豆(毎年1回はブームが来る。)
⚪︎りんご(季節はずれやと高い。)
⚪︎豆乳(あたしがほとんど飲んだ)
⚪︎味噌(自家製味噌が切れてた時期で、カップ入りの味噌が今冷蔵庫に三つある。)
⚪︎ピーナッツ(食べ過ぎたらカロリー高い。)
⚪︎オリーブオイル(貰い物が山ほどあるのに買って来た。)
⚪︎バジル(パセリと区別がついてなかった。)
⚪︎豚肉(長寿の人はみんな豚肉食べてると言っていた。)
⚪︎シナモン(多分80年以上生きて来て、初めて知った単語。)

覚えているだけでこんだけある。

健康番組に影響されまくって、その中で取り上げられてた食材がしばらく食卓に並んだり、冷蔵庫に居座ったり。

これが玉ねぎなんてのだとまだ可愛い。

だってお母さんが自分で作ってるねんもん。
まさしく自給自足。

納豆の時は、何のテレビ番組だったか忘れたけど、反響が凄くて、いつもはスーパーに山積みしてるのに、棚が空っぽで、あたしはお母さんの為にスーパーを2、3軒ハシゴした。

そして、取り上げられた食材が、しばらくメニューに立て続けに登場する。

豚肉の時は、
「昨日テレビに出てやった年寄りがな、100歳超えてやんにゃけどよ、みんな豚肉食べてやんにゃわ。」
と、言いながら
「今日はほんさかいシチューにしたほん。」
と、豚肉入りのシチューを作っておいてくれた。

豚肉入りのシチュー?
っちゅーか、豚肉を使うのになんでシチューが選ばれるの?

よ~、分からんわぁ~。

同じ流れで、
「今日は牛丼や。豚肉食べなアカンさかい、肉は豚肉使うたるほん。」

「それは、〝豚丼〟やっ!」
心の中で叫ぶ。

まあ、ネタになると思えば可愛いもんである。

困るのは、普段のお母さんの食生活には縁が無い食材。

シナモンの時は参った。

まず
「シナモンって何え?」
と、質問から来る。

シナモン知らんのか?と、ちょっとびっくりしつつ、果たしてシナモンが何に効くのか聞いてみると
「ボケへんらしいわ。」

そうか。
それは買って来なアカンな。

テレビでは、シナモンスティックについて話してたらしいが、そんなもん200%無駄になるのが目に見えていたので、調味料の胡椒やナツメグなんかが入ってるのと同じ、小さな瓶に入った粉末のシナモンと、食パンを買って来てあげた。

「食パン焼いて、バター塗ってシナモン振って、ちょっとグラニュー糖振ったらシナモントーストになるわ。」
と、教えてあげる。

「ほうけ。」

普段、完璧な和食党で、ほぼほぼご飯しか食べないお母さんのシナモントーストを一口食べた感想は……。

「ほんな旨いもんちゃうわえ。」

案の定、83歳の口にはシナモンの味も香りも、合わなかった。

ボケ防止対策としての役割を果たせぬまま、たった1回の出番を終えたシナモンの粉末は、未だ未練がましく、台所のテーブルのお母さんが使っている目薬の横に置いてある。

もうええ加減使わへんやろと思って、この前そっと調味料入れに戻し、あたしがシナモントーストにして食べた。

それを見ていたお母さん。

「何やほれ?何振ってるえ?」

お母さんの記憶から、見事にシナモンは消し去られていた。

『シナモンがボケ防止に効く。』

ってか。

シナモンがボケ防止に効くという事を忘れない為の食材を、まず教えておくれ。