合い鍵 《脳内アニキ vol.2》

登場人物
アニキ…40歳 お笑い芸人 大阪出身
乃々香…29歳 アニキの彼女 東京出身


番組の打ち上げが終わって自分の部屋に帰って来たアニキ。

アニキ「ええ?何?」
乃々香「お帰り。遅かったね。」
アニキ「なんや、どうしてん?今日来る言うてへんかったやろ。」
乃々香「先に〝行くよ〟って言っとかなきゃ来ちゃダメなの?」
アニキ「いや、そんなん言うてへんやん。ただこんな遅い時間に急に来るって何かあったん?って思うやん。」
乃々香「………。」
アニキ「何やねん?どうしてんな?」
乃々香「うん…。」
アニキ「何か言いたい事があるさかいこんな時間に来たんやろ?言いな。」
乃々香「lineくれたでしょ。」
アニキ「line?」
乃々香「うん、line。今日番組のスタッフさん達と打ち上げやねん。って。」
アニキ「ああ。したな。」
乃々香「それ見てたら何か急に不安になってきちゃって。」
アニキ「何が不安やねんな。こんなんようある事やんか。」
乃々香「だからよ。しょっちゅう打ち上げだ、後輩と食事行くだ、打ち合わせ兼ねて外でご飯食べるって…。それが嘘だとは思ってないよ。でも、でも、こんな事思っちゃいけないってあたしも分かってるけど、それでも…あたしは…いつまで後回しになんの?って。」
アニキ「後回しって何やねんな。そんなん思ってへんって。」
乃々香「でも、ゆずの部屋に来るの、三週間振りだよ?三週間会って無いんだよ?それって後回しって事じゃ無いの?」
アニキ「いや~、それは俺も悪いって思ってるって。けど、俺は仕事不規則やし、乃々香かって仕事してるしよ。なかなかタイミングが合わへんかったんやん。」
乃々香「だったら、だったら、何であたしが部屋に居るって分かった時、嬉しそうにしてくれなかったの?さっき凄い嫌そうだった。」
アニキ「いや、ほやからこんな遅い時間にまさか居てると思ってへんかったんやって。」
乃々香「こんな時間じゃなきゃ会えないじゃん。」
アニキ「いや、ほやけどよ。もぉ~、そこはさ、そこは分かってくれんと。俺も遊びで飲み行ってるんちゃうし。最初に言うたやん。付き合う時にこういう事あるでって。時間不規則やし、付き合い多いし、なかなか自由には会えへんけどそれでもええか?って話したやん。」
乃々香「したよ。でも、いっつも待ってるのはあたしじゃん。ゆずはいっつも全部仕事優先させて来たじゃない。」
アニキ「ほやからそこは分かってくれよって話やん。ほんで分かってくれてる思てたわ。分かってくれてるさかい、1年ちょっと続いて来たんちゃうの?」
乃々香「1年ちょっと経ったから余計分かんなくなる事だってあんだよ。」
アニキ「何やねん、それ…。俺疲れてるねん。いきなりこんな話ぶつけて来られても、冷静に話なんて出来ひんわ。ちょー悪いけど、先にシャワー浴びさせてもらうわ。」
乃々香「なんで………。いいよ。分かった。待ってる。」

シャワー浴びながらアニキの独り言。

「何やねん、せっかく気分よー帰って来たのによ~。」
「もう2時回ったるやんけ。」
「待ってられたらゆっくり出来ひんやんけ…。」

髪の毛をタオルで拭きながら出て来るアニキ。

乃々香「何か…ゴメンね。冷静に考えたらあたしのやってる事無茶苦茶だよね。」
アニキ「おお…。俺も悪かったわ。話聞こうとせんと。」
乃々香「ううん。」
アニキ「ほんで不安になっての後は?」
乃々香「………。今日が何の日か分かる?」
アニキ「今日?何や?分からん。」
乃々香「15日。あと一ヶ月したらあたしの誕生日。」
アニキ「遠いなっ!ほんなん分かるかっ。」
乃々香「分かんないんだ。」
アニキ「普通分からんって。一週間前ならまだしも、何やねん一ヶ月前って。」
乃々香「あと一ヶ月。あと一ヶ月したらあたし……。30歳になるの。」
アニキ「お……ん。」
乃々香「ねえ、分かる?30歳になるの。」
アニキ「ほんな何回も言わんでも分かるわ。何やねん。ほんなん言いたぁてこんな時間に来たん?」
乃々香「そんな言い方しないでよ。」
アニキ「言いたぁもなるやん。俺も何も考えてへん訳無いのに。」
乃々香「何?」
アニキ「ほやから、こういうとこで食事出来たら喜んでくれるかなとか、何か驚いてもらえるプレゼント無いかなとか。……って、こんなん言わせんなや。」
乃々香「ゴメン。でもあたし食事とか、プレゼントとかはもういい。」
アニキ「ええ?」
乃々香「30歳になるってどういう意味か分かる?」
アニキ「もうさっきからまどろっこしいなぁ。言いたい事があんねんやったら、ハッキリ言うてくれやっ!」
乃々香「そんな関西弁でまくし立てないでよッ。」
アニキ「しゃーないやろが、こういう喋り方なんやさかい。」
乃々香「それが嫌なのよ。」
アニキ「嫌って何やねんッ。俺はずっとこういう喋り方で来てんねん。
何ならこれで仕事もしてるねんッ。」
乃々香「怒鳴らないでよッ。」
アニキ「怒鳴ってへんがなッ!」
乃々香「それが怒鳴ってるじゃない。いっつもそう。あたしが…」
アニキ「ちょー、無理無理。もう無理やわ。」
乃々香「無理って何?」
アニキ「こんな時間に酒が入ってる相手にする話ちゃうやろ?言うてるねん。」
乃々香「だって…、」
アニキ「ほんでさっきから聞いてたら俺が何にも考えてへんみたいな言い方してるけど、考えてへん訳ないやん。ええ加減な気持ちやったら、1年ちょっとも付き合うてへんて。なあ?」
乃々香「でも…。」
アニキ「不安になるなってのは無理なんかもしれんけど、俺、芸人やねん。打ち上げに顔出したり、後輩メシ連れて行ったり、ほれも含めて仕事やねん。それ分かってくれな無理やって。」
乃々香「分かりたいよッ、あたしだって分かりたいよ。でも分かる訳無いじゃん。あたしは芸能人でも業界の人間でも無いんだよ。なのにどうやって分かったらいいの?これが当たり前だって言うけど、そんなの知らないよッ。ゆずにとっては当たり前かもしれないけど、あたしにとっては全然全然当たり前なんかじゃないのッ。その事をゆずはちっとも分かってくれようとしないくせに。あたしにだけ、あたしにだけ分かれよって…。そんなの無理だよ…。フェアじゃ無い。」
アニキ「…………。」
乃々香「…………。なんとか言ってよ。」
アニキ「もうええって。」
乃々香(泣いている)
アニキ「もうやめとこ。こんな状態で話したってしんどいだけやって。ちょっと頭冷やそ。」
乃々香「あたしは冷静よ。」
アニキ「冷静ちゃうやんけ。冷静な人が相手の部屋に入って来て待ち伏せみたいな真似せえへんやろ?」
乃々香「待ち伏せ?あたしの事ストーカーみたいに言うのね。」
アニキ「あーゴメン。言葉間違うたわ。」
乃々香「間違えたんじゃない。言葉って自分の中になかったら、絶対に出て来ないもん。ゆずはあたしの事鬱陶しがってるのよ。」
アニキ「なんでそうなんねん…。」
乃々香「あたしが合い鍵が欲しいって言った時も、すぐに渡してはくれなかったじゃない。」
アニキ「……。」
乃々香「でもそれでも、合い鍵くれた時、あたし無茶苦茶嬉しかったのに。でもゆずは自由に部屋には入れてくれないし。これって合い鍵の意味あんの?合い鍵さえ渡しとけばあたしが安心するとでも思った?」
アニキ「そんなんちゃうッ!」
乃々香「だったらどうしてくれたの?あたし…。あたし合い鍵貰ってからの方が苦しかった。」
アニキ「もう意味分からんって。」
乃々香「分からないんじゃなくて、分かってくれようとしてないんじゃない。」
アニキ「ホンマにもうええわ。何やねん、さっきから黙ってたらおんなじ話ばっかし。もう無理やって。」
乃々香(無茶苦茶泣いている)
アニキ「送ってくわ。」
乃々香(すすり泣いている)
アニキ「もう今日は悪いけど、帰って。一緒に居てもお互い傷付けるだけやわ。」
乃々香「送ってなんかくれなくていい。」
アニキ「送ってくって。こんな真夜中やのに。ほんな危ない真似出来ひんやろ。」
乃々香「いいってば。タクシー拾って一人で帰るから。」
アニキ「ほな、ほこの道まで一緒に行こ。」
乃々香「…。」
アニキ「な、一緒に行こ。」
乃々香「泊まってけとは言ってくれないのね。」
アニキ「ああ、ゴメン。今日は悪いけど帰って。」
乃々香「じゃあ一人で帰る。ホントに一人でいいから。」
アニキ「ほうか…。ほんなら気い付けてな。」

バタン。

乃々香が一人で部屋を出て行く。

アニキ「何やねん、ホンマ…。どうせえっちゅーねん。」

気分を変える為に、冷蔵庫から缶ビールを取り出して一気飲みするアニキ。

アニキ「はぁ………。」

翌朝。

今日はロケで朝が早い。

重い足取りでエントランスまで降りて行く。

マンションを出ようとした時、自分の部屋のポストにメモが挟まってるのに気付く。

アニキ「え?何?」

『本当に追い掛けてくれなかったね。あたし、あの後下でずっと待ってたのに。これはお返しします。今までありがとう。仕事頑張って。あたしはあたしで頑張ります。 乃々香 』

ポストの中に、乃々香に渡した合い鍵がある。

恥ずかしいから止めとけって散々言ったのに、絶対に外さなかった星条旗のキーホルダーと一緒に。



アニキ。

もうさ、無茶苦茶若くて何も知らん女の子に教育して、自分の好きな様に育てるしか無いんちゃう?