TOKYOの雨《脳内アニキ ~この実編~ Vol.3》

タクシー車内。

アニキ「うわぁ…、よ~降って来たなぁ…。」
運転手「この雨、まだまだ続くみたいですよ。」
アニキ「ほんまですか?タクシー乗って良かったぁ。」
運転手「ええ。降り出すとなかなかタクシーも捕まえにくいですからね。」

アニキ「なんかえらい渋滞してますね。」
運転手「う~ん、何ですかね?この時間渋滞する事なんかあんまり無いんですけどね。」

パァーン。
ファーーンッ。
ビーーーッ。

「危ないなぁッ、どけよッ!」

運転手「ああ~、お婆さんが横断歩道の真ん中で立ち往生してますね。」
アニキ「ええ?あ~、ホンマや!」
運転手「雨で濡れて手提げ袋が破れたんですかね。」
アニキ「あ~、可哀想に。うわ、危な………。」
運転手「これはちょっと危ないですね…。」
アニキ「運転手さん、すいません。停めてもらえます?」
運転手「ええ?」
アニキ「や、ちょっとあんなん見てられませんわ。僕降ります。」
運転手「う~ん、ちょっと待って下さいよ。交差点の手前なんでね、ここでは停車出来ないんで。信号渡ってから路肩に寄せますんで。」
アニキ「ええ~。あ、分かりました。そしたらそこで。」

その間にもお婆さんの横を車が次々通り過ぎる。

持ち手が破れてしまった紙袋を抱えようとするも、自分の鞄に右手には傘。
上手く持てなくてオロオロするお婆さん。

アニキ「やっぱすいません。降ろして下さい。幾らですか?」
運転手「ええ、ああ、はい。あっ…。」

バシャバシャバシャ。

お婆さんの元に学生らしき女の子が駆け寄る。

女の子「大丈夫ですか?」
お婆さん「ああ、すみません。」
女の子「危ないし、あっち行きましょう。あたし荷物持ちます。大丈夫ですか?」
お婆さん「ありがとうございます。」
女の子「すみません、すみません。通ります。」

ビッビーッ。
パァーン。

ラクションが鳴り響く。

タクシー車内からジリジリしながらその様子を目で追うアニキ。

アニキ「何鳴らしてんねんッ。静かに横通ったったらええやんけ。」
運転手「お客さん、どうしますか?もうこのまま行きますよ。」
アニキ「いや、やっぱり降ります。すんません。」
運転手「じゃあ、あそこで停めますよ。もうちょっと待って下さいね。」
アニキ「はい。お願いします。」

一方、横断歩道を渡り終わってショップの日差しの下に移動したお婆さんと女の子。

お婆さん「お嬢さん、ごめんなさいねぇ。」
女の子「大丈夫ですか?怪我は無かったですか?」
お婆さん「ええ、大丈夫。孫に会いに行くのに、欲張ってあれもこれも袋に入れたら、破れてしまって。人様に迷惑掛けてもう本当に…。」
女の子「いえいえ。何事も無くて良かったです。けど、その袋何とかせえへんと…。ちょっと待っててもらえます?」
お婆さん「え?」

バシャバシャバシャッ。
駆け出す女の子。

すぐにまた全速力で戻って来る。

手にはコンビニで買ったエコバッグ。

女の子「これ。これなら入ると思います。なんか真っ赤でむっちゃ派手やけど。大きさ的にこれしか無くて。」
お婆さん「ええ、そんな。申し訳無いわ…。」
女の子「いいんです。お孫さんに持って行かはるんでしょ?入るかな?」
お婆さん「ありがとう…。」
女の子「ああ~、どうしよう。持ち手が届かへん。あ、そっか、ハンカチ…。」

手土産を入れたエコバッグの持ち手を、自分の鞄から取り出したハンカチで結んであげる女の子。

女の子「これで!これなら何とか持てます。」
お婆さん「ええでも、悪いわ。お嬢さんのハンカチでしょ?」
女の子「いいんです、いいんです。それよりこっからどうしはるんですか?バスか何かに乗らはるんですか?」
お婆さん「ええでも、もうちょっと間に合わないわ。」
女の子「え?バスですか?」
お婆さん「もうでも今出て行くから…。」
女の子「ええっ?アレですか?あのバス?」
お婆さん「ええ。でももういいのよ。」

女の子「ちょっとーッ。待って下さいーッ。乗りますーっ!」

猛烈な勢いで、今まさにウィンカー出して動き出したバスに向かって猛然とダッシュする女の子。

動き出したバスが再びハザード点灯させて停止。

運転席の窓越しに「乗るの?」のジェスチャーするバス運転手。

女の子「乗りますっ!待ってて下さい。」

ダッシュでお婆さんの元に戻って来た女の子。
お婆さんの荷物を掴んで

女の子「行きましょ、行きましょ。待っててくれます!」
お婆さん「ええ、あ~、ちょっと…。」

もう先に走り出した女の子はお婆さんの荷物を持って、バスの昇降口に足を掛けている。

女の子「すみません!もう今すぐお婆さん乗るんで。すみません!」
お婆さん「ああ、すみません。待って頂いて…。」
女の子「大丈夫ですか?じゃあすみません!ありがとうございました!」
お婆さん「あの、あの、お嬢さん名前!名前教えて!」
女の子「いや、みんな待ってはるから。気を付けて!」

プシューン。

バスのドアが閉まってゆっくり走り出す。

傘を持ちながら、目一杯手を振る女の子。

女の子「ハァー、良かったぁー。間に合ったぁ。けど、どうしよう。あたしビショビショや…。」

「これ使い。」

女の子「え?」

顔を上げると傘を差したアニキが、タオルを差し出している。

アニキ「これ良かったら使うて。」
女の子「あ、すみません、けど、いいです。汚れるし。あたし、ハンカチ持ってます。」
女の子「あ…、ハンカチ渡したんやった。」
アニキ「ハハハハ~。お婆さんに渡してたやんか。」
女の子「あ、見てたんですか?」
アニキ「いや、俺もタクシーから見てて、お婆さん助けようと思たら、女の子がバーって走って来たからさ。」
女の子「いや…、何か恥ずかしい…。」
アニキ「恥ずかしい事なんてあらへんて。恥ずかしいのはお婆さん立ち往生してるのに、全然助けようとせえへん奴等の事やて。」
女の子「そーですよね。」
アニキ「いや、けど凄かったな。声掛けよう思たら、お婆さん置いてバーッって走って行くし、〝え?お婆さん放っとくんかい〟思ったらコンビニ駆け込んで、ほんでまたバーって帰って来て、声掛けよう思たらまたバーってバス止めに行くし。凄いな!」
女の子「何かあたしいっつも考えるより先に動いてしまうんです。」
アニキ「いや、なかなか出来る事ちゃうって。それよりこれ使いって。そんな格好してたら風邪引くって。」
女の子「すみません。ありがとうございます。」
アニキ「けど、何処行くつもりやったん?その格好どっか出掛けるつもりやったんやろ?」
女の子「あ~もういいんです。」
アニキ「何?」
女の子「いや、ほんまはバイトの面接やったんですけど、もうどう頑張っても間に合わへんし。」
アニキ「ええっ?アカンやん。」
女の子「はい。けど、こんなビショビショでは行けへんし…。」
アニキ「あ~~。そやなぁ、しゃーないか。」
女の子「はい…。」
アニキ「ほしたら、送ってくわ。タクシー拾うし。」
女の子「ええっ、そんなそんな、いいです。電車で帰ります。」
アニキ「いや、その格好で電車乗るのもなぁ。背中飛びハネだらけやで。」
女の子「ええ?あ、ホンマや。や、どうしよう…。」
アニキ「ほやから送ってくて。ちょっとタクシー拾て来るわ。待っとき。」
女の子「あ、すみません。」

そこに向こうから傘を差した男性が。

「お客さん!」

アニキ「あ、さっきの。」
運転手「良かったら乗って行きますか?」
アニキ「ええっ?待っててくれはったんですか?」
運転手「待つって言うか、何か気になっちゃってね。停車して成り行き見てたんですよ。」
アニキ「ああ、そうなんですね。いいですか?」
運転手「どうぞどうぞ。」
女の子「え?ほんまにいいんですか?」
アニキ「いいって、いいって。ってゆーか、家何処?」
女の子「都立大の近くです。」
アニキ「都立大?え~~(無言で運転手を見る)」
運転手「方角は一緒ですよ。ただお客さんの行き先過ぎた先になりますけど。」
アニキ「全然全然。良かった。ほなお願い出来ますか。」
女の子「すみません…。あ、けどシートが濡れてしまうかも。」
運転手「多少の濡れなら染みない様になってますから。」
アニキ「さ、早よ乗ろ。」

動き出すタクシー。

女の子「あの~、ちょっと電話掛けてもいいですか?」
アニキ「おう。かまへんで。」
女の子「バイトの面接断らないと。」
アニキ「ホンマや!忘れてた。」
女の子「なんて言えばいいですかね。」
アニキ「そのまま言うたらええんちゃう?」
女の子「雨の中、道で困ってるお婆さんを助けてあげてたら、時間に間に合わなくなりましたって?」
アニキ「嘘臭いな。ガハハハ~。」
女の子「何て言おう…。」
アニキ「ほんならこう言うたら?道で男の人とぶつかって、コケて洋服がビショビショになったんで、日を変えてもらえませんかって。」
女の子「う~ん。でもまだそっちの方が信じてもらえそうですよね。」
アニキ「なんやったら俺途中で電話出たげんで。」
女の子「ええっ。とりあえず電話してみます。もし、上手く言えへんかったらお願いします。」

電話を掛ける女の子。

女の子「あ、あの、この後2時からバイトの面接お願いしてた佐伯ですけど。」
女の子「あの~、すみません。ちょっと…、あの~、」
アニキ「貸して。」

携帯を横取りするアニキ。

アニキ「あの~、すみません。僕河井と申します。実は先程道で女の子とぶつかってしまいまして、転倒させてしまったんです。それで洋服がびしょ濡れになってしまいまして。聞いたらこれからバイトの面接や言う事なんで、ちょっと僕責任感じて電話掛けて事情説明してあげるって言ったんです。…………はい。………はい。あ、分かりました。代わりますね。」

女の子に携帯を返す。

女の子「はい。……はい。すみませんっ!ありがとうございます。はい。よろしくお願い致します。失礼します。」
アニキ「どうやって?」
女の子「別の日を設定するんでって。また連絡してもらえる事になりました。」
アニキ「おう、良かったやん。なんか俺ホンマに責任感じて来たわ。」
女の子「あのぉ~~、アインシュタインの河井さんですよね?」
アニキ「ええ、知ってくれてるんや。嬉し。」
女の子「はい。さっきからずっとそうやんなって思ってたんですけど。あ、あの、あたし、佐伯です。佐伯この実。」
アニキ「この実ちゃん?」
この実「はい。あの今日はお仕事ですか?」
アニキ「いや。やっとコロナが明けて仕事が再開しそうやから、その前に髪の毛切っとこ思うて。東京の美容院デビューやってんやん。」
この実「美容院デビュー。わざわざ東京に髪の毛切りに来てはるんです?。」
アニキ「俺ら、今年から東京なんやんか。」
この実「ああ、そうなんですね。」
アニキ「そこまでは知っててくれてないと。」
この実「すみません。あたしあんまりお笑いに詳しく無くて。」
アニキ「いや別に謝らんでもええけど。この実ちゃん関西弁やんな?大阪の子?」
この実「はい。富田林です。」
アニキ「富田林?富田林??ガハハハ~。」
この実「え?何で笑うんですか?富田林ダメですか?」
アニキ「いや、そんな事無いねんけどな、ちょっとあんまり知り合いにはおらんなって思って。」
この実「富田林馬鹿にすんのやったら、PLの花火見に来んといて下さいよ。」
アニキ「アハハ~。PLの花火なぁ!」
この実「そうですよ!アハハハハハハ。……あ~あ…。」
アニキ「うん?」
この実「いや、あたし去年東京に引っ越して来たばっかしなんですけど、こんなに関西弁でしっかり会話したの久しぶりで。やっぱり凄い楽しい。」
アニキ「大学生?」
この実「いえ。あの~ちょっと恥ずかしいんですけど、声優になりたくて…。」
アニキ「声優?へぇー。」
この実「いや、でも現実の厳しさに挫けかけてて…。関西弁もホンマは喋らへんように喋らへんようにしてたんです。」
アニキ「あ~、そうやなぁ。」
この実「けど、どうしても抜けなくて…。」
アニキ「て言うか、バリバリ関西弁やで。」
この実「いや、普段はこんなん違うんです。なんか、喋ってたらつられて…。河井さんの関西弁強烈ですよね。」
アニキ「よ~言われるわ、それ。」
この実「あ、あたしこの辺で。すみません。本当に助かりました。あのタクシー代どうしたらいいですか?」
アニキ「そんなんええって。こっちが勝手に送ってくて言うてんのやさかい。」
この実「ホンマにいいんですか?すみません。ありがとうございます。あ!タオル。タオルどうしたらいいですか?」
アニキ「そんなん家のバスマットにでもしといて。」
この実「ええ、そんな。洗ってお返しします。」
アニキ「ホンマにええって。」
この実「あーじゃあ、記念に頂いときます。大事にします。」
アニキ「ハハハハ~。ほな大事にして。」
この実「はい。本当に本当にありがとうございましたぁ。」

ブーーン。

アニキ「ハハハハ…。(思い出し笑い)」
運転手「いい娘でしたねぇ…。」
アニキ「いや、ホンマに。」
運転手「私にも娘がいましてね、実はお笑いが大好きで、どうしても大阪で暮らしたいって大阪の大学行ってるんです。」
アニキ「ええっ!スゲェ!」



つづく。



アニキ。

「………………こういう娘好きやろ?」