TOKYOの雨 ~運転手編~ 《脳内アニキVol.4》

雨の中、困っているお婆さんを助けてあげた女の子、この実を送って行ってあげた後のタクシー車内。

運転手「いい子でしたねぇ。」
アニキ「いや、ホンマに。」
運転手「私にも娘がいましてね。実はお笑いが大好きで、どうしても大阪で暮らしたいって大阪の大学行ってるんです。」
アニキ「ええっ!スゲェ!」
運転手「いや、凄い事も何ともないんですけど…。私は反対したんですよ。」
アニキ「ああ、なるほど。」
運転手「大阪の方にこんな事言うの失礼ですけど、東京の人間からしたら、
大阪はやっぱりちょっと怖いですよ。」
アニキ「ああ~、そうでしょうねぇ。」
運転手「そんなに大学行きたいんなら東京に幾らでも大学はあるし、お笑いが好きだけで大阪行っても遊びに行く様なもんでしょ。」
アニキ「ハハハ…。そうですねぇ。」
運転手「割と遅くに出来た子でね。私は心配してそう言うんですけど、絶対に大阪行く言うて聞かんのですよ。」
アニキ「へぇ~。」
運転手「そしたらね、娘も娘なりに考えたんでしょうね。家内を味方に付けようとして、YouTubeって言うんですか?あれのお笑いのやつを色々家内に見せたりしてね。」
アニキ「ハハハ。娘さん考えましたね。」
運転手「そしたら、まんまと家内もお笑いにハマってしまって。」
アニキ「ええっ!スゲェ~。」
運転手「それで私に言うんですよ。今までダラダラしてた娘がここまでハッキリこうしたいって言うのは初めてやと。」
アニキ「はい。」
運転手「このまま何の目標も無く東京の大学受験しても、きっとダラダラして遊んでしまう。それなら思い切って大阪の大学受験させてあげてみたら言ってね。」
アニキ「ハハハ。完璧に味方に付けはりましたね。」
運転手「そうなんですよ。こういう時女同士で結託されたら、もう父親の出番なんてありません。」
アニキ「ハハハ。」
運転手「もう目的が大阪に行く事で、大学なんて後付けでしたけど、娘もそこから勉強するようになって。見事合格しましたわ。」
アニキ「ああ。おめでとうございます。」
運転手「めでたいんですかねぇ。とにかく大阪の生活を満喫してます。」
アニキ「へぇ~。」
運転手「お客さん、失礼ですけど、お笑い芸人さんなんですよね?」
アニキ「はい。一応芸人やらせてもらってます。」
運転手「うちの娘がお笑いにハマるきっかけになった芸人さんがね、何て言ったかなぁ…。」
アニキ「和牛とか?」
運転手「いや、和牛では無いですね。」
アニキ「あの~、アインシュタインとか?」
運転手「いや、アインシュタインはお客さんでしょ?」
アニキ「ええ。知ってくれてはるんですか?」
運転手「いや、ごめんなさい。さっきの話耳に入ってしまって。」
アニキ「ガハハハ~。」
運転手「何て言ったかなぁ…。あ、去年のM-1ですか?あれに出る言ってギャーギャー言ってましたね。」
アニキ「ミルクボーイ?」
運転手「いや、ミルクボーイは優勝した人でしょ?そうじゃないですね。」
アニキ「見取り図?」
運転手「見取り図……。う~ん。」
アニキ「あっ!からし蓮根!」
運転手「ああっ、そうです。」
アニキ「へぇっ!からし蓮根!スゲェ~。」
運転手「高校受験合格して友達とUSJ行くのに、従姉妹が大阪に居るんで、従姉妹の家に泊めてもらって。この友達がお笑い好きでね。次の日はお笑い観に連れてって欲しいって、チケット取ってもらってね。」
アニキ「いいですね。」
運転手「そしたらハマったみたいで。USJ行ったのに帰って来たら、ずーっとお笑いの話ばっかりしてましたわ。」
アニキ「いやぁ~、何か嬉しいです。どうせなら僕らにハマって欲しかったですけど。」
運転手「ああ、ごめんなさい。」
アニキ「いや、そんな謝ってもらったらかえって辛いです。フフフ。」
運転手「でね。この前自粛が緩和されたから久々に帰って来てね。」
アニキ「ああ。良かったですね。」
運転手「やっぱり顔見たら安心しますね。それで父の日やったでしょ。」
アニキ「はい。」
運転手「何かキッチンにこもってガチャガチャやってるんですよ。」
アニキ「はい。」
運転手「そしたら、父の日のプレゼントだってね。デコレーションケーキ作ってくれて。」
アニキ「ええっ、嬉しいですねぇ~。」
運転手「ケーキなんて作った事ないのにね。」
アニキ「優しいなぁ、娘さん。」
運転手「いや、違うんですよ。そのからし蓮根の名前…忘れたな。娘が好きな方の子がスイーツ男子言うんですか?ケーキを自分で作る人で、あたしも作れる様になりたいからって、私は実験台でしたわ。」
アニキ「ええっっ!まさかの伊織ファン!」
運転手「ああ、そうです!伊織って言ってましたね。」
アニキ「へぇ~~。なんかスゲェいい話。」
運転手「伊織君が作ったのとおんなじのが作りたいって、写真見ながらイチゴとパイナップルで飾って。」
アニキ「ああ、それ嬉しいなぁ~。なんか僕らのファンやないのに、嬉しいです。美味しかったですか?」
運転手「いやぁ~。生クリームは溶けてるし、スポンジはパサパサしてましたけど…。あんな嬉しい父の日は無かったですね…。」
アニキ「うわぁ、何か鳥肌立ちました。」
運転手「ハハハ…。ベラベラ喋ってすみません。お客さんがもしかしたらテレビに出てる人と違うかなと思ってたら、あの女の子が現れてね。何か不思議な縁と言うか、ちょっと話を耳にしながら、私は私で勝手に感動してたんです。」
アニキ「あ~なるほど。」
運転手「うちの娘もあんな風に人様に親切に出来る子になって欲しいですわ。」
アニキ「いや、絶対なれますって。父の日にお父さんに手作りケーキ作ってくれる子って、そうそう居てないですよ。」
運転手「そうですかねぇ。ありがとうございます。こうして考えたら雨が降ってて良かったですね。」
アニキ「ホンマですね。雨が降って無かったらあのお婆さんも困って無かったかもしれんし。」
運転手「はい。あ…この辺でいいですか?」
アニキ「はい。ありがとうございます。何かいい話聞かせてもらえて嬉しかったです。」
運転手「いえいえ、ベラベラ余計な話をしてしまってすみませんでした。」

会計を済ませてタクシーを降りるアニキ。

アニキ「ありがとうございました。」


傘を差して歩き出そうとするアニキ。

でも、もう雨はあがっていた。

傘を閉じ、歩道に出来た水溜まりをちょっと助走をつけて飛んでみる。

雨の日も悪くない。