隣人。その4 《脳内アニキvol.10》

楓の部屋で朝食のパンを食べている楓と亜希子。

亜希子の携帯に、〝河内の死神〟こと竜一から電話が掛かってくる。

亜希子「あ…、パパや。もしもし?」
竜一「おう。なんやわれ、いっこも電話してこんと。引っ越しどやってん?上手いこと行ったんけ?」
亜希子「あ~、ごめんごめん。今電話しようと思っててん。ちゃんと上手いこと行ったよ。」
竜一「こっちはどうやったんかな思て待っとんじゃ。電話くらいして来いや。」
亜希子「ほやからゴメンって。引っ越し終わって挨拶回りして、色々あって疲れてしもてん。」
竜一「何や色々あってて?」
亜希子「え、色々は色々よ。」
竜一「何やほの持って回った言い方?」
亜希子「あ~、ゴメンゴメン。大した事無いから気にせんといて。」
竜一「ほんな言い方したら気になるやんけ。」

ずっと側で二人の会話を聞いていた楓。

楓「パパ?ちょっと代わって。」

楓「パパ?」
竜一「おう、楓。どや新しい部屋は?」
楓「むっちゃええよ。ありがとうパパ。お金出してくれて。」
竜一「一人娘の一人暮らしやさかいな。変なとこ住まわせられへんやろが。」
楓「ありがとう。ところでなあ、パパ。そろそろママに会いたくなって寂しいんちゃう?」
竜一「おう?何や急に?昨日の今日で寂しい事みたいあるかい。」
楓「いや、パパが寂しいやろし、ママもう帰ってもらった方がええんちゃうかなって思って。」
竜一「おう?何や?急に。楓、お前何か隠しとるやろ?」
楓「え?なんで?何にも隠したりしてへんで。」
竜一「亜希子も何や様子がおかしいやんけ。隣、挨拶行ったんけ?」
楓「行った。」
竜一「どんな奴や?」
楓「どんな奴…。う~んと、細~て白~て頭くりくり。」
竜一「何やほれ?男け?」
楓「うん。」
竜一「幾つくらいの奴や?」
楓「40。」
竜一「40?おい、何でお前ほいつの歳知っとんのや?ほんな事まで喋ったんけ?」
楓「え?あ、何かほんな事言うてたなぁ~思って。」
竜一「独身け?」
楓「うん。独身。」
竜一「独身?40でまだ結婚もしとらへんてか?まともな奴ちゃうな。何や?気持ち悪い奴なんけ?」
楓「気持ち悪いと言えば気持ち悪い。」
竜一「気持ち悪い?挨拶はお前が行ったんけ?」
楓「ううん。ママ。」
竜一「ちょ、もう一回代われ。」
楓「え?パパ、パパ。ママに早よ帰ってもらわんでいい?」
竜一「えーから代われ言うとんのじゃ!」

携帯を亜希子に渡そうとする楓。
「何怒らせてんのよ!」と、パシッと楓の頭をはたく亜希子。

亜希子「もしもし?」
竜一「おう、お前隣の男と何喋ったんか言うてみい。」
亜希子「そんな大した事喋って無いわ。」
竜一「えーから何喋ったか言え言うとんのじゃ、ボケッ!」
亜希子「隣に越して来ました。よろしくお願いします。ってそれだけやんか。」
竜一「ほんで何でほいつの歳が分かんのんや?お前ほいつに色目使て聞き出したんちゃうんけ?」
亜希子「聞いてへんわっ。楓が勝手に調べたんやん。」
竜一「調べた?何で隣の奴の歳が幾つか調べられるねん。誤魔化そう思てしょーもない事言うてなよ。」
亜希子「ホンマやん。あんな芸能人気取りに色目なんか使わへんわッ!」
竜一「芸能人気取り?」
亜希子「ほーよ、芸能人なんよ。アインシュタイン。パパ知らん?アゴがむっちゃ出たるブッサイクな子とイケメンやとか言われてチヤホヤされてる漫才コンビ。ほのイケメンの方の河井ゆずるが隣なんよ。」

楓(あ、ママ自分守る為にパパにゆずる売った!)

竜一「アインシュタイン河井ゆずる?ホンマけ?」
亜希子「そーなんよ。ちょっと売れてる思てむっちゃ感じ悪かったわ。」
竜一「おい、あんなチャラチャラした奴が楓の部屋の隣てホンマけほれ?」
亜希子「ホンマやって。あんなチャラチャラした奴があたしみたいおばさんなんか相手にする訳無いやろ?」
竜一「おい、ちょー待て。あんな奴が楓にちょっかい出して来よるかもしれん言う事け?」
亜希子「どーなんやろ?一般人なんか相手にせえへんのちゃう。」
楓「ほんな保証どこにあんねん。楓はまだ子供や思てなよ。男からしたら立派な女やんけ。」
亜希子「ちょっと怖い事言わんとってよ。」
竜一「お前がほんな事でどーすんねんッ!ちゃんと釘刺したんけ?」
亜希子「釘って…。」
竜一「うちの楓に変な事したら黙ってへんど、ぐらいの事は言うたったんけて聞いてんのや?」
亜希子「そんな初対面でほんな事言える訳無いやろ。」
竜一「何を甘い事言うとんのやッ。こんなもんは最初に噛ましてなんぼや。お前、昔の事忘れたんけ?」
亜希子「もう今はほんな時代と違うんよ、パパ。下手したら隣人トラブルとか言うて、逆にこっちが訴えられるわ。」
竜一「親が娘の心配して何が悪いんじゃ、ボケッ!」
亜希子「あたしに怒らんといてよ。」
竜一「お前が生温い事ぬかすさかい腹立ってんのやんけ。ちょー、お前ではやっぱり話にならんわ。わしがそっち行ったる。」
亜希子「ええ?」

ずっと亜希子に身体を寄せながら聞き耳を立てていた楓。
亜希子の携帯を奪い取る。

楓「パパ?パパ?」
竜一「楓。わしがそっち行ったるさかい安心せえよ。」
楓「え?ホンマにパパがこっちくんの?いいって。無理やって。布団も無いし。」
竜一「いざとなったら床に寝たらええ。こっちの仕事片付けて、明日そっち行くさかい。」
楓「いいってパパ。第一ゆずるは明日は大阪やもん。こっち来ても出会えへんし。」
竜一「ゆずる?お前名前で呼んどんのけ?」
楓「だってゆずるはゆずるやし。」
竜一「アホな事ぬかしてなよ。若い女に名前呼ばれて嬉しない男みたいおらんど。お前から甘えて行ったらゆずるの思うツボやんけ。」
楓「パパかってゆずるって呼び捨てにしてるやん。」
竜一「わしが言うのとお前が言うのんとは意味が違うんじゃ。とにかく待っとけ。そっち行ったるさかい。」
楓「いいってパパ!いいってば!」

「ツーツーツー…。」
もう電話は切らてれいる。

楓「マジで?何でこうなんの?」


つづく。